間違いなく、見てはいけないものをみてしまった。
こんな道、初めて来たからって通らなきゃよかった。
いっちゃんはまだ、あたしに気づいてない。どうしよう、とにかくよんさまに電話しよう。
プルルル、と4回聞こえたあとに、「もしもし、」とよんさまがでた。
「もしもし、みよ子だけどね」「知ってる」「どうしよう…」「何が?え、どしたの?」
「いっちゃんが、むぎちゃんに殴られてた」「え?ちょっ、今どこ?」
そのよんさまの声と同じ時に、「あ、見てたんだ」と後ろから声がした。いっちゃんだ。
振り向くと左のほっぺを真っ赤にしてた。「よんさま?」
ケータイを指さしながらいっちゃんが、そう聞いた。「うん」
「貸して?」にこにこ笑いながら。あたしが黙って差し出すと、「もしもーし」
いっちゃんの声はすごく明るい。「うん、」「そうじゃなくて」あたしからはいっちゃんの声しか聞こえないので
どんな会話なのかさっぱりだ。「切ってもいい?」とあたしに目で訴えたので、小さく うなずいた。
「ごめんねー、心配かけて」「なんかストーカーみたいな事してごめんね」
「え?ストーカーだったの、みーちゃん!?」
「見ちゃったのはたまたまだよ!」「なら、大丈夫だよ」それで、といっちゃんは続けて
「どこから見てた?」苦笑いだ。「大きい声が聞こえて、どうしたんだろう、って思ったら」
「俺が殴られてたと」「…うん」「あはは、恥ずかしー!」
「ほっぺ、大丈夫なの?」「ん?…ああ、平気」「どうしてそうなったのか、聞いてもいい?」
「そんな風に聞かれると答えるしかなくなるじゃんー」「え、ごめん」
重たいはずの口を、簡単にひらく、いっちゃん。「むぎがねー、他の男と一緒だった。」
「、」言葉が出ない。「そいつ誰?って聞いたら、むぎ 黙っちゃって。いくらでも弁解できたのにね、バカだよなー」「うん、」「隣の男も俺のこと誰だよって、俺のこと指さして。なんかもうどうでもよくなっちゃったな。」
「どうして、いっちゃんは殴られちゃったの?」
「へー、やっぱりそうだったんだ、って俺が言ったら、向こう、かあっとなっちゃったみたいで。バカにすんのもいい加減にしてよ!って怒鳴られて」「殴られちゃった…んだ」
「そゆこと。」なんか、のど乾いたな。いっちゃんはそう言って立ち上がった。「自動販売機、いかない?」
「うん、いくけど。」「けど?」「ほっぺ大丈夫なの?」「平気だって」「いっちゃんのお父さんたちにはなんて説明するの?」「転んだって」「…無茶じゃない?」「やっぱり?」
日が、沈みはじめる。太陽はよけい赤くなる。公園のブランコにふたりならんで座って。
さびた音だけが聞こえた。「さっき、」あたしが口を開いた。「よんさまと何話してたの?」
「殴られたってどういうこと?」いっちゃんがよんさまの声真似をする。全然にてなくて、笑えた。
「あとは、あとで説明してよ、って言われた。」「ふふふ、さすがだね。よんさま」
「そろそろ暗くなっちゃうね。帰ろうか。」うんとうなずいて、ゆっくり後ろを歩く。
影が重なると、あたしは意味もなくどきどきしてしまった。