「さくら?」
「そう、桜が咲いていて」
「うん」
「予報ではまだ先のはずだった桜が咲いていて」
「うん」
「黒くて長い髪が揺れて、僕と 目が合った。」
「ふーん、きれい?」
「ああ、きれいだったよ」

遠くから愛しい人が僕らを呼ぶ声がする。

「パパ、行こ」

その笑顔に手を繋ぐ、幸福が 溢れてくる。




Last Love Letter






そうだ、君は風の中にいた。
風の、桜舞う中に目が合って笑ったと思ったら、黒が揺れて 落ちた。
気づけば僕は駆け寄っていて、名も知らぬ少女に必死に声をかけて、 ただ眠っているだけと確認した後、抱きかかえるなんてかっこいいこともできずに 引きずりながら家に連れて帰った。そうしてその後君は一瞬だけうなされるように 目を覚まして
「ここはどこ?」
尋ねた声は消えそうな透明な声。

「僕の、家です」
「病院?」
「違う、病院へ行く?どこか悪い?」
「ううん平気。少し、寝かせて」


どんな微かな雑音にも埋もれてしまいそうなその声を必死で聞き取って、 小さく頷いた。 君は僕の顔もあいまいに見えないままもう一度目をつむり、小さな寝息を立てた。
タンスの中から毛布を取り出してつま先までかぶせる。 ほこりにくしゃみを一つした後、彼女の手の小ささと白さに気づき、 何も考えずに 触れてしまった。 のばした人差し指は想像よりも強く握り返され、触れたら壊れてしまうのではないかと思った 僕の不安はすぐに微笑に変わった。 君の顔もなんとなくさっきよりやわらいで見える、赤ちゃんみたいだ。 なかなかほどけないこの指を言い訳にずる休みをしよう。 おろしたての慣れない学ランのボタンを片手でゆるめて、彼女の横で同じように目をつむった。 春の陽だまりが僕の毛布。





「大地!ねとったか!」
「入学式は!」
「その女性は誰じゃ!」


じいちゃんの声で目を覚ます。
彼女も同じで、見開いた瞳が僕を捕らえた。

「じいちゃんおかえり」
「あ、あれ? わたし、」

僕らの顔を見て一息、「まあ良いか」とつぶやいて「ご飯にするぞ」と笑った。 寝起きの何か言いたげな寝ぼけ眼の君に可笑しくなって僕も笑った。

「ごめんね、君目の前で倒れちゃったから勝手につれてきちゃいました。
 具合、平気?」
「はい、…あのっ」
「話はご飯食べながら聞いてもいいかな?
 部屋着置いておくから、着替えたら居間にどうぞ。
 僕は先に行ってるね、寒くない?」
「だいじょうぶ」
「うん、待ってるね」


ご飯をよそっていたじいちゃんの横にならんでお味噌汁をよそう。
今日は豚の生姜焼きだ。
お茶を注ぎ終わったところでふすまが開いた。 僕の部屋着がダボダボな華奢な体。長い髪は一つにまとまって、揺れている。

「ご飯じゃ」

じいちゃんが言って、いただきますと手を合わせた。
箸に手を伸ばすのをためらっている彼女に、じいちゃんは一口お味噌汁を飲んで 「名前は」とたずねた。


「川村さくらと申します」
「あそこの桜並木で倒れたから、連れてきてみた」
「ご迷惑をおかけしました、ありがとうございます」
「さくらさん」
「はい」
「わたしは中田健二郎と申します。大地、」
「僕は中田大地です。」


よろしくお願いしますと頭を下げた彼女に うん、とじいちゃんは頷いて

「まずはご飯じゃ。顔色は、悪くないね。
 口に合わないかもしれんが食べれるだけ食べなさい。」
「ありがとうございます!」

強張っていた彼女の方の力が抜けて、ゆっくり丁寧にご飯を口に運ぶ。 その度においしいと小さく何度ももらす。

「さくらさん」
「はい」
「帰れるかい?」
「…あの、」
「わかった」


何も言わないうちにじいちゃんはそう言った。僕にはさっぱりわからなかった。

「大地、食べたら部屋に布団しけ」
「あ、うん」
「帰りたくなったらそうしなさい」
「、ありがとうございます」


泣きそうな君の顔に聞きたい事はたくさんあったのに、 じいちゃんは何も聞かないから、僕もできなくなってしまった。
そのまま一番に食べ終わってしまったので、ごちそうさまをして客間に布団を敷いた。 終わっても君はまだ食べていて、苦しそうな顔に笑って 「途中でやめてもいいんだよ」と言うと困った顔をされた。 「でも、もったいない」口をとがらせるので、「じゃあ僕が食べるよ」と 残りを全部引き継いだ。三分の一は食べた。
後片付けを手伝うと言われたけれど、先にお風呂に入ってもらい、 その次にはいったじいちゃんはいつもと同じ時間に「おやすみ」と言って 部屋の戸を閉めた。
いつもと同じ景色の中に君がいるだけで、違和感。

「お茶飲む?」
「はい、手伝います」
「いいよ、そそぐだけ、三秒で終わる」


「さくらちゃん」
「はい」
「家出?」
「そんな ところです」
「家族は心配していない?」
「母は知っているので大丈夫です」
「お父さんのこと嫌いなの?」
「いえ、そんな!ただ少し目的があって」
「へえ、」
「そんなことより運んでくださってありがとうございました」
「ね、びっくりした」
「すいません…」
「貧血もち?」
「そんなところです」
「そうなんだ、よくなるの?」
「そうですね。たまに」
「そっか。いくつ?」
「22歳です。」
「えっ!!!」


つい本当に?と訊いてしまった。七つも上だとは。
君が小学生のころ僕が生まれただなんて。


「よく幼く見られます」
「うん、びっくりした、まさか七つも上だとは…」
「大地さんが大人びているんです」
「ぜひタメ口で、」
「あ、こちらこそ…。大地さんあだ名あります?」
「え…、だいちゃん かな」
「じゃあ だいちゃん」
「いい、けど」
「わたしもさくらで」
「七つも上なのに?」
「七つも上だけど」
「…わかった」


「さくら、はさ」
「うん」
「どこから来たの?」

困った顔をしたあと「あの電車のずっと先」と曖昧な返事。 まあ、家出だし。知られたくないこともあるだろう。

「星、見に行かない?」