待ち合わせの時間を決めたのは俺なのに、遅刻をしてしまった。 奥の方のテーブルにはガシ女のセーラーの後姿。 あれが七星か、な。音を立てないように静かに向かいに座る。 あ、めがねかけてる、音楽聞いてる。俺に気づかなさそー。 わざと両手でテーブルをたたく。ガンという音と共に震える七星の肩。

「び…っくりしたー!」
「遅くなってごめん」
「それはいいんだけど、びっくりした!やめてよー 心臓破壊!」
「あんまりにも俺に気づかないから、つい。」
「つい、じゃないってばか」
「ごめんごめん。てか え、もう勉強してんの?」
「宿題やってるだけだよ」
「まじ、俺宿題とか写したことしかない。」
「あー。それっぽい。」
「ばかにしてる?」
「ほんのり」
「うっせー、この運動音痴」
「うるさいなー」
「バレーのテストいつ?」
「再来週」
「じゃあ俺のテスト終わったら練習しよ」
「どこで?」
「んー、俺んちにする?」
「え、室内?」
「違う違う、小さいけどホールみたいなとこあるんだよね」
「へー、勝手に使っていいの?」
「いいと思う」
「じゃあ、そこで。おねがいします。」
「おっけー」

きょとんとした顔で俺をみる七星。

「なに?」
「そいえば部活は?」
「テスト前だから無いよ。サッカーして〜。」
「…北斗さん、勉強する気ないですね?」
「んー、あると言ったらうそになる」
「教科書は?」
「持ってきた持ってきた」
「授業聞いてる?」
「聞いてると思う?」
「思わないかなあ」
「うわー、きっぱり!」
「聞いてるの?」
「ううん」
「うわー、きっぱり。」

「教科書見せて」という七星に手渡し。ついでに七星の教科書とノートを見せてもらった。 落書きだらけの俺と正反対の、よくまとまった文字たち。 あれが大事だとか、ここが覚えにくいだとか、丁寧に書かれている。

「字、超キレーだね!」
「あ かわいくなくってごめんね。」
「なんで?めっちゃ褒めてる!丸文字より良いと思う、達筆!」
「…あ りがと。でも意外。」
「へ、なんで?」
「チャラ男だから。」
「なにそれ、俺チャラ男なんだ?おもしれー! なんでなんで?」
「だってサッカー部だし」
「それ偏見。」
「髪茶色いし。」
「あー、傷むんだよね、紫外線で。」
「え、染めてないの?」
「染めてないよー。冬とかしばらく外練なかったら七星と同じ色かな。
 頭髪検査ひっかかりまくり!やっかいやっかい。」
「えっと、ごめんね」
「いいですいいです。気にしないでー」

眉の間に皺をよせて、ちょっと悲しい顔。 俺がにこっと笑って見せるとと、口をへの字にして目線を教科書に戻す七星。 そしてほんの少し間を置いて、少し言いにくそうに 「線引いてもいい?」という質問がきた。 「うん」と答えた俺の教科書に蛍光ピンクの線を引いていく。

「北斗は丸文字、だね」
「そうなんだよねー、きれーな字書きたい」
「かわいくっていいよ」
「あはは、でしょ。かわいいしょ。」
「うん。」
「七星ってなんか部活やってるの?」
「ううん、習い事しかやってない」
「習い事?あ、ピアノやってるんだっけ?」
「そう、ってなんで知ってるの?」
「父ちゃんが言ってた。」
「そうなんだ、」
「ピアノだけ?」
「あとは習字と茶道と、華道。」
「うわ、たくさん!」
「数はたくさんあるけど、運動部に比べたら全然です…っと、
 はい、教科書どうぞ〜。」
「さんきゅ、」
「今線引いた文法は絶対出るよ。」
「え、」
「絶対は言いすぎかも。でも覚えた方がいいよ。」
「あ、うん」
「それと多分ここの訳し方ちょっと難しいから多分出ると思う。」
「……」
「なに?」
「すげーなって。なんで出るとかわかるの?」
「参考書とかに よく載ってるやつだし」
「へー…」
「って偉そうに言っておいて出なかったらごめん」
「ううん、なんか俺もう勉強できそうな気がする。」
「じゃあ、今この訳覚えてもらうから、まず3回英語と日本語書いて。」
「よっしゃ!」
「それ覚えたら暗唱してもらうから。英文もその訳も、ね。」
「え…」
「帰ったら単語は発音と意味を覚えること。あと段落ごとの要約まとめてね。」
「お、鬼…!」


ただいまーと家に帰ってきても頭痛は治らなかった。 久々に頭を使ったせいだ、痛い。 くそー、七星の鬼。覚えの悪い俺も悪いんだけど、 あのあと何回も同じ文章を書き続けたせいでくたくた、手がしびれるなんて久しぶりだ。 それにしてもよくこの俺に付き合えたな、と自分でも関心してしまうくらい 、できなかった。 今まで勉強してこなかったのを、少し部活のせいにしていたとこもあるからなあ。 七星だって暇じゃないんだな、なのにちゃんとやってるんだな。 俺も、やらなきゃ。負けてられない、復習だ!鬼に負けてたまるか!