「じゃあ のんちゃん、しょっちのこと よろしくね」
今朝早く、しょっちのお母さんはうちに顔を出し、 わたしはそのたった一言を聞くためだけに叩き起こされた。眠かった。 朝からおばさんの顔はハキハキしていて、化粧もばっちりだった。 行ってらっしゃーいと手を振り、二度寝をした後、 お母さんから「一番の便で無事旅立ったみたいよー」と聞いた。 いいなあハワイ。わたしも行きたい。
宿題1日目、しょっちは入院生活2日目。 病院まで自転車で30分はかかるらしい。「結構遠いねー」と嘆いてるとお父さんに 「ダイエットするいい機会じゃないか」と言われた。あんたに言われたくないよ。 くそー、そうですね、その通りだと思います!はい!



*



病院には思っていた以上に人で溢れていた。 クーラーで涼しいイメージだったのに、そんなことなくって、 30分自転車をこいだ汗は止まってくれなかった。 省エネなのかな?地球は温暖化だもんね。

しょっちの部屋は507号室。5階についたものの、 病院の造りが難しくてウロウロしていると、松井さんを見かけた。 (うわ、すごいお洒落してる!) 同じ学校といえど、 お互い顔を知ってる程度の交流なので、すばやく隠れた。 だって…気まずいじゃんね。 そういえばしょっちのこと好きとかっていう噂聞いたことあったなあ。 偉いなー健気だなー。わたしなんか一昨年からずっと着てるTシャツで来ちゃったよ。 まあ、しょっちだし良いけど。
見えなくなったのを見計らって立ち上がると、廊下の奥に507のプレートを発見した。 個室なのか…リッチだなあ。 ノックを3回鳴らすと、扉の向こうから「どうぞー」としょっちの声。


「どうもー」
「あ、のぞみか」
「そうです。希美です。」
「あ、桃の匂いする」
「はっや!さすが桃好きだね。お母さんに持たされたよ。」
「おばさん好きだー!俺のことわかってるね」
「しょっちがあんだけ桃もも言ってれば、イヤでもね」

鞄の中から桃を取り出すと、しょっちはそれを受け取り、 満面の笑みを浮かべて早速剥いている。かわいいやつめ。 皮を捨てれるように、入れてきたビニール袋を広げてあげる。 手がべとべとになるので濡れタオルも用意してあげる。 宿題的には満点じゃないですか?

「あ、そのひまわり松井さんから?」
「なんで知ってんの?」
「さっき見かけたもん。」
「あー、なるほど。なんか話した?」
「全然。そんな仲じゃないし。松井さんと付き合ってるの?」
「まさか。友達だよ。」
「へー」
「まあ告白はされたけど」
「え!」

知らなかったーと目を見開いていると、言われたの一昨日だしね、としょっちは桃を食べながら適当に返事。

「返事はしたの?」
「うん、俺には好きな子がいるんで付き合えませんって」
「え、誰!?」
「まあそれが一番当たり障りのない断り方かな、と思って」
「あ、なるほど。確かに」
「ひまわり、花瓶に入れてもらってもいい?」
「そだね、いいよー。あ、1本もらってもいい?」
「いいけど。…のぞみひまわり好きだっけ?」
「コスモスの方が好きだけど。夏だし、部屋に飾ろうと思って」

花瓶に水を張ってひまわりを挿す。一応、一番小さいのを後でもらっていこう。

「そういえばしょっちから恋の話とか聞いたことない」
「いやじゃん、なんか照れるじゃん」
「そうなの?」
「のぞみは好きな人とかいんの?」
「いないよー。恋したいけどね」

「あー、花瓶はそこの棚の上でいい?ベッドの隣とか定番だよね」 しょっちからの返事を特に待たずに花瓶を置く。 途端、しょっちに左手を捕まれる。少し痛い。

「ほんとうに?」
「…なに?」

どきどきしたのはどうやら私だけのようで、しょっちは笑いながら何でもなーいと言った。 ほんと、なんだったんだろう。よくわからない。花瓶置いたことそんなにイヤだったかなあ? まあいいや。


「手術、今日の夕方だっけ?緊張する?」
「まあ俺は寝てるだけだしねー。気づいたら終わってるんだろうね」
「余裕だね」
「とりあえず麻酔の時に刺す注射の方が怖いよ」
「しょっち昔から注射嫌いだったもんね」

そう言うと、しょっちは柔らかく笑った。久しぶりにこんな穏やかな笑顔を見たなあと思った。 わたしもつい嬉しくなって顔がゆるむ。左手の痛みはもうない。

「頑張って」
「おう」



*



帰り道はしょっちの洗濯物のせいで鞄が重たかった。 袋にいれたひまわりは自転車のハンドルにかかっている間、何度もわたしの膝にあたって 、かわいそうだったので家についてすぐ花瓶にいれた。ごめんね。 今更だけれど、しょっちがもらったひまわりをわたしがもらってよかったのだろうか。 松井さん…ちょっと申し訳ないなあ。
夕空を見上げながら、しょっちの手術がなんともなく終わるといいなあと思った。