昨日よりは見慣れた町並み。 いつもより眩しい晴れの日、わたしは今日も自転車を漕いでいる。 しょっちの服とかタオルとかが入った鞄を背中にして、 一番きつい坂を息を切らしながらのぼっていると、嘘みたいな雨。

「うそでしょ、えー」

まだあと10分以上かかるのに! 今日は昨日よりお洒落な服で来たのに! それでも雨は止んでくれるはずもなく、びしょびしょのままで病院行き決定。







ノックをしようとした時、そのドアが急に開いた。 びっくりしすぎて「うおう」とおっさんみたいな声が出た。 完全に女子高生失格だよー。なんてこった。 出てきた人もドアの前に人がいることにすごくびっくりしたみたいで「おう」と声をもらしていた。 白衣を着ているところを見ると、どうやらお医者さんのよう。 それから彼はにこりと笑って、頭をぺこりと下げた。 さわやか!男前!そして若い! しょっちに事情聴取だな。
入ると、ぐったり寝ているしょっち。こっちに目だけ向けている。

「あ、のぞみ」
「しょっち…元気?」
「ごめん、あんま元気じゃない」
「大丈夫…?」
「ていうか、のぞみべちょべちょじゃん」
「雨にあたっちゃって」
「そこにあるタオル使えば?」
「あ、これ?」
「そう」
「ありがとう」


ありがたく、外国のキャラクターがでかでかとプリントされたタオルに顔をうずくめる。 しょっちの匂いがした。

「こんな雨の中自転車で来たの?」
「だって途中まですーごい晴れてたんだよ」
「あー、そうなんだ」

いつもより声が小さい。なんか本当に元気がない。 薬や手術のせいなのだろうか。いつものしょっちじゃない。すこし、不安になる。

「あ、さっきの人、しょっちの先生?」
「そう、栗原さんっていうらしいよ」
「へー!イケメンだね!」
「のぞみ、あんなのがタイプなの?」
「微妙」
「あはは、微妙って」


「あ、そうだ。」と鞄の中から洗濯した物を袋ごと取り出す。 さっきまでタオルの置いてあったところに置く。ここで問題ないはず。 タオルはきっとわたしがこのまま持ち帰って洗濯するんだろう。 うん、遠慮無く髪もごしごし拭こう。 あ、あとでひまわりの水も入れ替えなきゃ。


「のぞみ」
「んー、なに?」
「ちょっと」


そう言ってわたしをベッドの横にあるパイプ椅子に座らせた。 何をするんだろうと、ゆっくりベッドを起こしているしょっちを待っていると、 手が伸びてきて、わたしの首に掛かっていたタオルをつかんだ。 そしてそのまま、わたしの頭にのせて、ごしごしと拭かれる。
「具合、悪いんでしょ。いいよ、自分でやるよ」と言っても、彼は何も言わず手も止めない。 仕方がないのでそのまま従う。髪はもうぐしゃぐしゃ。 口を開く気配を感じたので、目をつむって、しょっちの声に耳を傾ける。

「…昔よく一緒にお風呂とか入ってたよなー」
「ぷっ。懐かしいね!幼稚園の時でしょう?」
「どっちの親も忙しかったからな」
「そうだよね。でも寂しくなかったなあ」
「俺も。」
「あとキャンプとかも一緒に行ったよね」
「あー、いつまで行ってたっけ?」
「しょっちがバスケ始めるまでだよ」
「そっか。確かに。そんな暇なくなったからなあ」

「はい、もう大丈夫かと思われます」と彼は手を離す。 あたしは手ぐしで髪をなんとなくに戻して、また、タオルを首にかける。 しょっちは少しだけさっきよりも元気に見えた。


「バスケ、したくならない?」
「すっげーしたいよ」
「そうなんだ?」
「夏合宿もしたかったし、遠征も行きたかった」
「そう、だよね」
「のぞみはバスケしたくならないの?」
「あはは、ならないよ。やっていた時間すごい短いし」
「そっかー、そういうもんかあ」



「俺、ほんとにまたバスケできんのかな?」

「え?」
「もう足もだいぶ遅くなってるだろうし」
「すぐ、取り戻せれるよ」
「ずっと練習できてないから玉はいんなくなってるだろうし」
「…どうしたの?」
「ほんと、俺どうしたんだろう」


顔を横に逸らして、震えた声で彼はごめん、と謝った。 きっと色んな事で弱くなってしまっているのだろう。 あたしは見てないフリをして、ひまわりの水をかえることにした。 彼の感情を簡単に理解したことにして「大丈夫だよ」なんて言ったって、しょっちには届かない。 あたしこそ、ごめんね。それだけ心の中で呟いた。


「あ、晴れてる」


窓の外はいつのまにか快晴。気づかないうちに、こんなにも青空。 窓についた滴はキラキラと輝く。


「しょっち、晴れてるよ。」
「…あー!ラムネ飲みたくなってきた」
「あはは、なんで?」
「こんな青じゃなかった?」
「そうかも」


笑顔になったしょっちに心から、安心した。 水をいれかえたひまわりも、さっきよりずっと元気に見える。うん、よかった。







帰り際に大橋君に会った。小学校の時の同級生、久しぶりすぎてきゃーきゃー言ってしまった。 お互い一発で誰かわかったところを見ると、なにも変わっていないらしい。 おかしいな、大人っぽくなってるはずなのにな。大橋君は しょっちのお見舞いに行くと言ったので、 ラムネ買っていってあげてとお願いすると、わかったと笑顔で答えてくれた。
しょっちの喜ぶ顔が、浮かんだ。