ドアの前でしばらく悩む。
向こう側はいつもよりずっと賑やかだ。
意を決してノックをしてみるものの、返事はない。
帰ろうかなとも思ったのだけれど、わたしだって30分かけて汗をかいてここまで来たんです。
重たい洗濯したてのしょっちの服も持ってきたんです。
ただで帰るわけにはいきません。
念のためもう一度ノックして、返事がないことを確認。
「しょっち入るよー」
ドアを開けると異様な人口密度。
身体のがっしりした男子のみなさま、8割坊主。
予想通り男子バスケット部の方々。
こんな狭い病室に7人でお見舞い…!
しょっちはわたしに気づいて「のぞみ、」と声にすると、
礼儀の良い彼らは「こんちわ〜」などと挨拶をしてくれる。
「何で小川さん?」という雰囲気になることを想像していたわたしは拍子抜け。
居心地のいい空気。安心。
あたしも「こんにちわー」と愛想良く返した…つもり。
「洗濯物いつものとこに置い…、すいか!」
置いておくね、と言うつもりだったのに"いつもの場所"にすいか。
つい、大きな声で驚いてしまった。笑われてるわたし…恥ずかしい!
しょっちに「食べる?」と聞かれたので「いいの?」と素直に言うと、
彼らにまた笑われてしまった。
「小川さん、すいか好きなの?」
そう尋ねたのは山本くん。去年同じクラス。
「うん、すごい好きなんだよね!」
「へー意外!」
「そうかなあ?」
「なんかすいかよりメロンの方が好きそう」
「本当? 初めて言われたよ」
「のぞみ昔から好きだよなーって、包丁ないや」
しょっちがふと そう言うと、彼らはにんまり笑って「これはもうスイカ割りしかないな〜」
「だよなあ、割るしかないよなー」などと言っている。…本気?
「ここ、病院だぞ、」としょっちが言ってくれることを期待してたのに、
しょっちもノリノリだった。「割る?割っちゃう?」なんて言ってる。
とてもやめようとは言い出しにくい。あ、でも。
「割る棒がないよね。うん」
「小川さん、心配しなくともこんなとこにいいものが!」
右手に松葉杖を掲げて、彼らは大きく笑う。それ、借り物なのに。
早速床にビニール袋や新聞を敷いているところからみると、本当にここでやるらしい。
「汚れちゃうよ。」とわたしが言うと、
しょっちは「中村が片付けてくれるさ」意地悪に笑った。
「おいおい林!」と中村くんはため息がちに、それでも楽しそうに笑ってる。
そして彼らはまた歌うように、着実にスイカ割りの用意をしてゆく。
しょっちはいつもこんな光の中にいるのだろうか。キラキラしていた。
広い範囲(とは言っても狭いけれど)に敷いたビニール袋の上にスイカを置く。
わたしが持ってきたタオルを目隠しに巻いて、松葉杖を右手に準備完了。
最初は山本くんからだ。
ばれたら色んな人に怒られるので、全員ひそひそ声。
さっきまであんなに大きな声ではしゃいでたのに、
今度はみんな小さい声で「右いけ!もっと!」だとか「違う、行き過ぎ!」などと
指示しているのが、おかしくておかしくて、大きな声で笑いそうになるのを必死に堪えた。
ただ、堪えれば堪えるほど、もっとおかしくて、腹筋が痛くなる。
しょっちもベッドの上で、笑ってしまいそうになるのを我慢していた。
*
結局一周しても割れず、中村くんが少しかすったくらい。
わたしもやったのだけれど、全然ダメ。
空振りの松葉杖を脇に挟んで目隠しのタオルを外すと、
スイカに背中を向けて立っていた。
みんなにセンスない!と、ひそひそ声のまま爆笑された。
…スイカ割りのセンス。
仕方が無いので、一度かすった栄誉を讃え、優秀選手賞として
目隠しのないままスイカを割るチャンスをゲットした中村くんが、
スイカの目の前で松葉杖を大きく振り下ろす。
ビックリするほど、キレイに半分に割れた。
どこにも飛び散ってない。…さすが中村くん。
あとで掃除するのは自分だと言うことをわかっているからなのだろうか。
全員で拍手喝采(ひそひそバージョン)。
キレイに割れた片方を、しょっちのところに置く。
田中くんはそのままスプーンを渡して「一口目、いけ!林!」と大きな声で叫んだ。
それはひそひそ声からの解放の合図となり、全員で林コール。
ベッドの上でしょっちは少し照れながら、真ん中の一番甘いところを大きく掬って、一口。
口の中にスイカを含んだまましょっちがガッツポーズを決めると、裏声で「フゥ〜!」の歓声。
みんな、テンション最高潮。そのままみんなでスプーンやフォーク、箸も駆使してスイカに群がると、
5分くらいで食べきってしまった。…ほんと早すぎ。わたしまだ4口くらいしか食べてないよ。
それでも、今年3度目のすいかは、あまくて、優しい味がした。
*
みんな面会時間ぎりぎりまでいるということなので、わたしは先に帰ることにした。
後片付けをしようとしたのだけれど、
「いいよー、中村があとでやるし」「そうそう、俺やるしいいよー」と断られた。
「じゃあ、中村くんお願いします」と笑って帰ってきたけれど、
彼らはきっと当たり前のように全員で片付けてゆくのだろう。
自転車のペダル、帰り道はいつもよりずっと軽かった。