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ニュースできれいなお姉さんが言っていたとおり、 今日は今年一番の暑さらしい。自転車をこぐ汗が、半端じゃない。 立ちこぎをしようと思って身体を起こすと、視界が少し暗くなりかけた。 あぶない。わたし、このままじゃ倒れる!
仕方がないので、日陰で涼むことにした。 汗は止まらず、頭がくらくらする。うわー、これやばい。 鞄の中に入っていた薄い雑誌でぱたぱた扇いで、魔法瓶に入ったお茶を飲む。 冷たくて気持ちいい。魔法瓶は重いから嫌いだったけれど、 今日だけはお母さんの言うことを聞いておいて良かったと思わずにはいられなかった。 魔法瓶、あんたいいやつだね。
それでもまだ眩暈がするので、いっそのこと目をつむることにした。そうすると、少し楽になった。

遠くで、蝉が鳴いている。 国道からすこし外れたこの道路は、 車の通りも滅多にない。太陽は相変わらずじりじりとアスファルトを焼く。 夏、だなあ。


ふと、空を見上げると真っ赤な風船が青い空へと向かっていた。 誰か手を離してしまったのだろうか。 こんな風景を、どこかで見た気がする。…どこだっけ。 必死に考えても思い出せない。 でも、嘘じゃなく、確かにその光景をわたしは一度見ている。 …ほんと、なんだったっけ。思い出せないってどうしてこんな歯がゆいんだろう。
ふーんとか、んーなどと唸りながら必死に記憶をかき回すと、ふと出てきた、記憶の断片。 しょっちと2人で空を見上げて、赤い風船を追いかけている。 あ、そうだー。2人で冒険した時、だ。すごく遠い昔。思い出せたー、すっきり。







しばらく休んで、それでも少し身体には熱が残っていたので、自転車を押しながら無事、病院に到着。 こんこん、とノックしていつも通りに入る。しょっちはどうやら漫画を読んでいたらしい。

「どうもー」
「おう、ってのぞみめっちゃ顔色悪いけど」
「外すごく暑くて、倒れそうになってました」
「無理しなくて全然良いのに」
「引き返す方が遠かったから。それに来る途中で休んできたし」
「とりあえず座った方がよくない?てかまじで大丈夫?」
「しょっち心配しすぎ、大丈夫だって」

わたしがパイプ椅子に座ると、しょっちは冷蔵庫から氷をとりだして、何枚も重ねたビニール袋の中に氷水を入れて、わたしにくれた。

「ありがとう」
「楽にしててください」
「うん、そうするー」

ベッドの上に頭のもたげるとすごく楽になった。 そのまま首に氷水の袋をのせて、目を閉じた。 暑い体温が、冷えた袋に吸い込まれていく。 しょっちは冷蔵庫の中に入っていたカルピスを取り出して、コップに注いでくれる。

「あー、ありがとー。すいません」
「どういたしまして」

一気に飲み干すと、しょっちはまた注ぎ足してくれた。 わたしは、わたしが思っていたよりもずっと喉がかわいていたらしい。生き返るー。 またベッドの上に頭をもたげているわたしの目の前にしょっちは腰を下ろした。 見上げると、真上にしょっちの目があった。 「めっちゃ汗かいてんね」と団扇で風をくれた。至れり尽くせりだなー。申し訳ない。


「そういえば、さ」
「ん?」

訊いてみたかった、あの青空にうかぶ赤い風船。しょっちは覚えているのだろうか。幼い記憶。

「覚えてる? 昔、わたしがしょっちから奪った赤い風船、手離しちゃったこと」
「あー…なんだっけ、それ」
「1回だけ、2人で誰にも内緒で冒険しようとか言って」
「わかった!あったね。あったあった。小学2年くらいでしょ?」
「そう、それ!」
「懐かしいー。どしたの急に」
「今日、来る途中に赤い風船飛んでて、思い出した」
「冒険の途中、デパートの前で風船配ってて、」
「ね!わたしは黄色で、しょっちが赤で。でもどうしてもしょっちの持ってる赤が欲しくなっちゃって。」
「のぞみ、すごい駄々こねて」
「うるさいなっ」
「俺だって赤がいいのに。あの頃からのぞみはわがままだったなー」
「今はわがままじゃないでーす」
「あはは、どうだか」

しょっちが覚えていてくれたことが嬉しくて弾む会話。次から次へと思い出される記憶。


「行こうって言い出したの、どっちだっけ」
「違う、確か最初、のぞみがキーホルダー落としたから探そうってことになったんだよ」
「えーっ、そうだっけ?」
「それで探して、見つかって、じゃあこのままどっか行こうって」
「あー、なるほど。そうかも。」
「黙って出ていったから、帰ってすっげー怒られたよな」
「そう、しょっちのおばさんにビンタされたもん」
「そうだ!俺げんこつ くらったし」
「あれは痛かったー。でも晩ご飯はわたしの家でご馳走だったよね」
「ああ、エビフライがおいしかった」
「しょっちよくメニューまで覚えてるね!」
「エビフライのあとで桃食べたから、覚えてる」
「さすが桃好き。」
「だろ」


「あの頃から、何か変わったかなあ?」とわたしがぽつりと言うと、しょっちは目を細めて優しく笑う。 もう戻れない時を、長い時を、わたしたちはずいぶん一緒にいた気がする。 今だってお互いの好きな食べ物も、してきた恋の数も、あっさり答えることができる。 「少なくとも高校生ってもっと大人だと思ってた」と、口を開いたのはしょっち。

「でも、大人にはなったよね」
「昔ケンカばっかしてたからなー」
「…しょっち、大学は遠いとこにするの?」
「あー、まだわかんないけど、たぶん」
「そうなんだ」
「じゃあ、高校卒業したら別々になるんだね」
「のぞみは? どうすんの?」
「全然決まってないやー。ほんと、どうしよう」


2人とも、つい無言になってしまう。これからしょっちとバラバラになる日が来るのかー。 想像できない。「どうなるんだろ」そう、言ってため息をつくと、しょっちはカルピスを注いで 「まあ、飲め!」と言うので吹き出してしまった。なんだこいつ。 わたしは一気に飲み干すとしょっちも吹き出して、一緒に笑った。 大丈夫、心からそう思えた。