今日の朝、ケータイを開いたらしょっちからメールがきていた。 「今日、おしゃれして来てよ」
…なんで?とだけ返事をすると、 最後の日じゃん、なんて。2日目も割とおしゃれしてたつもりですけどね! まあそれ以外全部Tシャツにジーパンだったからなあ。仕方ない。 「いいよ」とメール。ただし、センス等の期待はいけないよ? …どうしよう。







いつの間にか見慣れていた道。きっと今日が最後。 この道をこんな必死に自転車で行くのは、おわりかも しれない。 そう思うとこの憎い坂も少しだけキラキラしてくる。…すこしだけ。
立ちこぎをするとワンピースの裾はゆれる。 つい先週買ったばかりの真っ白でひらひらのワンピース。 わたし的に結構な冒険をした方だ。 お母さんから「そーゆーのも似合うじゃない」と太鼓判を押されたので、多分大丈夫。 でも足下は合わせるものがなかったから、お母さんのサンダルを借りた。 地味すぎず、派手すぎず。変じゃない 変じゃない…といいな!







少し緊張して、ノック。 いつもなら入るよーとか、どうもーとか適当な挨拶が出来るのに、 今日は何も言えない。 慣れないスカートなんかはくから、足とか内股になっちゃってるし! なかなか戸を開けれなくて立ちつくしていると、 ノックしたきり音沙汰のないことを不思議に思ったのか、 しょっちが戸を開けに来た。

「あ、のぞみ」
「……」

相変わらず何も言えないわたしに気づいたのか、そうじゃないのか。 にっこり笑って「かわいーじゃん」


「ばっかじゃないの?!」


今まで喉につっかえていた分の声が、かたまりで出た。大きい声。 赤くなった顔も、内股の足も、しょっちのバカみたいな言葉も、 わたしの大きすぎる声も、全部全部バカみたいで、一人けらけら笑う。

「…のぞみ?」
「ごめんごめん、大きい声でた!」
「うん、びっくりした」
「あはは」

開けてくれているドアをくぐって、わたしもしょっちと同じ空間へ入る。

「開けてくれてありがと」
「なんで入ってこなかったの?」
「ほんとこういう服慣れなくて、引き返そうか悩んでたや」
「はは。確かに、のぞみのこういう服初めて見た」
「ほんとわたし似合わないんだけど!」


そう笑うと、しょっちは真面目な顔で「全然似合ってるけど」なんて言う。 ほんと、なんのためらいもない。こっちが照れるって。 「どーも」の後に続けて、聞こえないくらい小さな声で「ばかっ」と呟くと、 しょっちは「ん?」とあいまいに尋ねた。


「今日の夜に、しょっちのおばさんたち帰ってくるらしいね」
「あー、らしいね」
「お土産なんだろー」
「7日間、ありがとな」
「…どしたの、ほんとに今日。」
「はは、ありがてーなーと思って」
「あはは!でしょでしょ。もっと感謝してくれていいよ」
「うぜー」


普通にお礼を言われて照れてしまったので、はぐらかしてみる。 今日のしょっちはなんか、変。 別にこれで離ればなれになるわけでもないのに、永遠の別れみたいに寂しそうだ。
「白いね」しょっちは独り言のようにつぶやいた。

「白いしょ」
「うん」
「しょっちは黒いね」
「似合うしょ?」
「ジャージにTシャツ?」
「おう。俺の一張羅」
「うるさー。わたしにはお洒落してよとか言っといて」
「お洒落じゃん。見てこのTシャツ!くまさん!」
「そーですね、はい」


はいはい、と流すとしょっちは少しすねて、それからわたしをチラチラ横見、 何度も口を開きかけて閉じてを繰り返している。 「なに?」と何度尋ねても、その度なんでもないと言われるので気にしないことにした。 …なんなんだろう。まあ、いいけど。
くまさんは、さっきしょっちに掴まれていたせいでしわしわで、不細工な顔になっていた。 「かわいいけど、かわいくないよ。」そう言うと、「かわいーの!」と言ってしわを丁寧に伸ばしていた。 ばかしょっち。







洗濯物とお土産のゼリーを渡して帰ろうと戸に手をかけた時、「のぞみ!」と 呼び止められた。 また、口に手をあてたり離したり、口を開けたり閉じたりしている。

「もー、なに?」
「あー」
「帰るよ?」
「似合ってる」
「へ?」
「…はな、よめ」
「花嫁?」
「ウェディングドレスみたいだなって!」
「………」
「それだけっす。はい」
「はっ、ずかしいー」
「ほんと俺、バカだな。」

言う前よりもひどく照れてるしょっちがおかしくてつい笑ってしまった。

「…笑うなって」
「だって、しょっちガラにもない」
「、るせーな」
「でも、」
「ん?」
「ありがとっ」
「…おう」
「じゃ、帰りまーす」


戸をしめて、一呼吸置くとじわじわ照れがきて、 必死に口元を抑えながら早歩きで帰った。

「はなよめって!」

ほんと、しょっちは何を言ってるんだー。信じられない! ドキドキが止まらない心臓に手をあてて、自転車の前で何度も何度も深呼吸をした。はあ。
最後の帰り道になるかもしれないから、色々思い出しながら帰ろうと思っていたのに、 頭の中はしょっちのただ一言で埋め尽くされて、そんな余裕無かった。 花嫁 はなよめ ハナヨメ!もういいやー、お土産のことだけ考えよう。 ハワイのお土産、なんだろーなー!うん!