夏休みが、終わった。 しょっちから告白を受けて、何日たったんだろう。 今日は始業式、久々の学校で、しょっちは昨日退院したから、 もしかしたら今日逢うかもしれない。ああー、なんか嫌な緊張。帰りたい。 黒い煙を身に纏いながら、 教室に着くと美波ちゃんがおはようと言ってくれた。あ、なんか浄化。すっきり。 わたしも笑顔でおはようを返す。美波ちゃんかわいいなー。 ポニーテールあそこまで似合う子なかなかいないよ。

先生がおはようございます、夏休みボケは早く治しましょうとかなんとか言っている話を 適当に受け流して、ケータイを開く。新着メール作成、宛先は林 章一。 今日、一緒に帰ろーと送るとすぐ返信が来た。「俺、車で帰る。」 …しょぼーん。「じゃあ、しょっちうちのピンポン鳴らすから、出てきてね」 「おう」







全校集会も、先生の話もあっという間で、 わたしの脳みそには何一つとして入ってこなかった。 車で帰るのかー、そりゃそうだよね。朝も送ってもらってきたみたいだし。 あー、それにしてもしょっちと久しぶりにメールしたなあ。 足、治ったのかな? まだ、治ってないか。走れるようになるって言ってたのいつだっけ。







しょっちの家を見上げると、相変わらずの黄色だった。 しょっちのお母さんが、黄色が良いって言ったんだっけ。 深呼吸をして、インターフォンを鳴らす。ピンポーンと響く音。 2秒もしない間にしょっちが出てきた。

「よ」
「…どーも」

しばらく続く沈黙。ううう、言葉が、

「のぞみ」
「何?」
「いや、何?じゃなくて」

「のぞみが話、あるんだろ?」と催促された。 そうです、話があるのはわたしです。でもちょっと待ってよ。 苦しい心臓に手を当てて、息を吸い込む、言葉を吐き出す。


「どうして、わたしに好きなんて言ったの?」

「好きだから、だよ」
「好きってなに?」
「…なんで」
「いいじゃん、」
「逢いたくなるとか、触れたくなる…とか?」
「…そうなの?」
「いつも傍にいて欲しいって思う、かなー。あーもう!」
「しょっち…照れすぎだよ、」
「そりゃ照れるっつーの」


そう笑ったしょっちに背を向ける、逃げる。アスファルトで舗装された道を、駆け抜ける。 しょっちは「のぞみ?」なんて驚いた顔をして、 わたしを追いかけるように、ゆっくりぎこちなく道路に立った。 振り返って位置確認。しょっちとわたしは一直線上にいる。 「聞こえるー?」と大きい声で尋ねると、 「聞こえるー」同じ大きさの声が返ってきた。


「しょういちー!すきだよー!」

緊張したせいか、少し走ったせいか、大きな呼吸になる。ふう。


「のぞみー!」
「なあにー!」
「そんなとこから言うなやー!」
「…なんで、」

そういうとケータイのバイブが鳴った。もう、こんな時に、誰? 開くと、着信。林章一の文字。しょっちを見ると 右手右耳にケータイがあった。普通にしゃべればいいのに。

「もしもし」
「ごめん、俺いますっげー嬉しい」
「…何で電話?」
「なんで距離置いたの?」
「近くじゃ言えない気がしたから。」
「俺一瞬めっちゃ焦ったんだけど」
「やっぱり?」
「………」
「しょっち…?」
「俺の、彼女になってくれんの?」
「わたしでいーの?」
「なにそれ、」
「だってしょっちの周りには可愛い子も沢山いるじゃん」
「あー、やっぱり?」
「うざっ」
「あははは」

あんまりにも楽しそうに笑うからわたしは何も言えなかった。しょっちの彼女、変な感じー。

「俺足痛いんだからさ、こっち来てよ」
「あ、ごめん」

そう駆け寄ってはみたものの、別に行かなくてもよかったんじゃ…?
しょっちとの距離が縮まって、目の先になった時、吸い込まれるようにしょっちの腕の中へ入る。 すっぽりと、収まる。しょっちを支えていた松葉杖はからんころんと音をたてて、アスファルトへ落ちる。


「しょっち?」
「のぞみー」
「なに、」
「太った?」
「…ごめん、別れよう」
「うそ、なんでのぞみこんな華奢なの」
「華奢じゃないよ」
「やっぱり女の子なんだなー」
「そうだけど」

しばらく無言になって、しょっちの匂いを感じた。しょっちの彼女、かあ。 なんか思ってたよりも自然かも。

「親にばれたらどうなるんだろーね。」
「あ、たぶんもうどっちも知ってるんじゃない?」
「…へ?」
「本当は母さんも父さんもハワイ行くのやめるよって言ってくれてたんだけど
 俺が、のぞみに頼んでって頼んだの。そのことはのぞみの母さんも知ってるよ」
「なに、それ。え、どういうこと?」
「俺がのぞみと一緒にいたいからって」
「…、ルカさんも知ってる感じ?」
「姉ちゃんは結構昔から、気づいてたらしいよ」
「へ、しょっちいつから…?」
「ずっと前から」
「うそだ!」
「ほんと」
「はわー、知らなかったー」
「のぞみほんと鈍感すぎ。なんなのってくらい」
「すいません」
「ねえ、なんで俺と付き合ってくれんの?」
「…もし、これから大人になって、」
「うん」
「しょっちと離ればなれになるかもって考えたら、すごく寂しかった。
 なんでだろうって考えたら、しょっちのこと、好きなのかもって。」
「…照れる」
「わたしも。うわー。」
「でも、嬉しい」
「…そっか」







大変なのはそれからで、家に帰ったら赤飯が炊かれてて、しばらくしたら 林家みんなうちに来てパーティーだった。 いつもの人たちに、もう一人、ルカさんと手を繋いで来た男の人。 結婚が決まったらしい。しょっちの退院祝いも含めて、今夜はごちそうだ。 もちろん桃もあった。しょっちはそればっかり食べてた。他にもごちそうは沢山あるのに。 ふと、桃の皮を剥く手を止めたと思えば、しょっちは口を開く。何の気もなしに。

「そいえば、俺ら付き合うことになったから」

わたしはあんぐりと口を開ける。 だけどみんなはあらそう、やっと?良かったね、なんて冷静。 ビックリしたのはわたしだけみたいで、その事にもまたびっくりした。 しょっちを見つめると、にっこり笑われた。…はあ、なんなの。 むかついたから、丁寧に丁寧に剥いていたしょっちの桃を奪う。 しょっちは涙目にわたしの顔を見つめる。ふーんだ。
がぶり、かじりつくと甘い。 「おいしい!」と言うとしょっちが満足そうに笑ったので、 わたしも口元を緩ませてしまった。まあ、いっか。 わたしは彼と、きっと桃の味がする恋をしていく。