WeG / シャインブルー
香織はよく正夢を見る人だった。
それを予知夢と呼べるかどうかはわからないけれど、
彼女はそういう夢をよく見て、その度に僕に話してくれた。
いつだかのドラえもんの声が変わった時も、
彼女が2週間前に夢でみていたことを僕は知っているし、
香織が「そのうち国語の抜き打ちテストがあるよ」
と言った3日後に行われたことだってあった。
最初の方こそ信じていなかったけれど、
回を重ねるにつれて、
彼女が正夢をみることは普通になったし、
その度に僕だけに打ち明けることも当たり前になっていった。
それが僕は嬉しかったし、それで香織が少しでも正夢を見ると
いうストレスを解消できているなら何も問題はないと思っていた。
(実際にまだ何も知らなかったころに、
正夢をみたあとの香織に会うと、狂ったように暴れて泣いて叫んで、ひどかった)
むかし、「普通の夢は見ないの?」と聞いたことがあった。
「見るよ。屋上から落ちる夢とか」
「それと正夢の違いってどこでわかるの?」
「正夢の時はかならずモノクロの夢なの。」
「へー。いつ起こるとかもわかるの?」
「なんとなくはね。近い方が、色はっきりしてるから」
「やっぱり、苦しいの?」
「頭ががんがんするの。思考がごちゃごちゃしすぎて。
雷が頭に何度も落ちてくるみたいだよ。まあ、雷が実際に落ちたことはないんだけど」
「じゃあ、なんで僕に話すと楽になるの?」
「話すと考えがすっきりするの。それに京はただ黙って聞いてくれるから、安心できるんだよ」
こういうのを心を開いてもらってるって言えるんだなと、
柔らかに笑ったあの日の彼女を思い出す度に思った。
そんなある日、香織のお母さんから電話がかかってきた。
「また昔みたいに暴れているの、助けてやって」
と息の詰まりそうな程の声で言われた。
後ろでは大声で泣いている香織の声が聞こえた。
「すぐ行きます」とだけ返事をして僕は電話を切った。
いつもの汚いスニーカーで走っていって、
チャイムもならさずに香織の家に入った。
静かだった。ドアを開けると、彼女はまだ止まらないのであろう
流れるだけの涙を零しながらココアを飲んでいたところだった。
僕は少しだけほっとしたのと同時に、壊された家具をどうするのだろうとぼんやり考えた。
「京、遅いよ」
「ごめん。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよー。見て、青タンばっかり」
「それよりも家具とかの方が大変だろ」
「大丈夫。パパが新しいのちょうど欲しかったって言ってたから」
香織がくすくす笑いながらそう言うと、
香織のお母さんは「こらっ!」と一喝いれた。
それに対して香織は「ごめんね」と笑っていた。
まだ止まらない涙をぼたぼた落としたまま。
「外で話そっか」香織に誘われるがままに外に出た。
夕日が眩しくて目を細めなければ香織が見えない程だった。
「あのね、夢を見たの」
「うん」
やっと止まった涙を全部ぬぐった頃に彼女は口を開いた。
見たものの全てを話してくれるのだろう。
大きく深呼吸をして夕日を、僕と同じように目を細めながら見つめたまま、いつものトーンで。
「あの陽がしずんだら、終わる夢」
「…終わるって、何が?」
「地球が、世界が、終わるの」
「嘘でしょ?」
僕が「どうしてこの期に及んで冗談を」なんて言うと、彼女は黙りこくってしまった。
(ああ、そうか。)香織は僕に、見た夢の事で嘘をつかなかったし、
頑張って未来を変えてみようと何度もしたが、できたことは一度もなかった。
きっと今回もそうなのだろう。世界は終わる。あと30分もしないうちに だろうか。
「あんな大きい夢みたのは初めてだからさ。京に話すまでに止められなかったや。
あーあ、せめてもっと早くに見れてればなー」
「…最後の、世界はどんな感じだった?」
「あのね、すごく綺麗だった。夕日が世界の隅から隅まで照らしていて、みんな笑っているの。
でも夕日が落ちたと同時に、灯りも何もなくなってた。」
「どうして、それだけで香織は世界の終わりだと思ったの?」
「ああ、これが世界の終わりなんだなって。
誰かひとりがぽつりと言ってたのを聞いただけ。
でもね、わかるの。今までと違うって、これが終焉なんだって。
わたしは世界の終わりってもっと苦しいものだと思ってたのに、
眩しくて美しくて、それが怖かった。」
彼女の視線は宇宙か終わりか、遠いどこかを見ていた。
どうにかして視線を僕のものだけにしたくて小さく香織、
と名前を呼んだ。かっこわるいとわかっていても口からはぽつりと零れてしまった。
香織はそんな僕を愛おしそうに見つめる。その眼差しに心からほっとした。情けないことに。
「それって本当に現実になるんだよな?」
「違ったらいいんだけどね。知る術もないから、わからない。
でも違ったら京に嘘ついたことになっちゃうね。」
「気にしないよ。違ったら一緒に香織のお父さんに謝りに行こう。
家具をこんなに壊してごめんなさい、って。」
「ふふ。ありがとう、京。 わたしね?本当に京に出会えて良かったよ。
さっきも京の顔みたら凄い安心した。
ああ、世界が終わってもいいかな、って少しだけ思えたよ」
香織がそんなことをいうから泣きそうになった。だから誤魔化すように手を握った。
「香織、」
「ん?」
「好きだよ」
にこりと笑って「わたしもよ」そう言った。
僕らは優しく強く寄り添うように手を握った。
さよなら、僕らの愛した世界。
最後に輝いた夕日は、目をつむった僕のまぶたに少しだけ滲んで映っていた。