走る僕らは転んでぶつかって





そうだなあ、簡単な自己紹介でもしようか。
なんせ僕は暇なんだ。
持っているDVDは全て見てしまったし、宿題も予習も復習も完璧。
いつも暇を一緒につぶす悪友の晃は今日はデートだと言って、僕の誘いを断った。
女できたからって、彼は間違いなく調子に乗ってる。


僕の名前は伊藤タケ。
漢字でもひらがなでもなく、カタカナでタケ。
苗字はどこにでもある伊藤。
マイ ネイム イズ タケ イトウ。ナイス ツー ミー ツー。
年は16、家から徒歩3分というラッキーな条件に惹かれ、少々バカがつく高校に通っている。
僕は今学年で3位だ。これ、自慢ね。
ちなみに次で1位取ったらじいちゃんが一万円くれると約束してくれた。
僕の気合いはぐいぐい上がる。じいちゃん、一万はもらうよ。


今のところ恋はしていない。
というのはもう過去形になってしまった。
恋はしていなかった、つまり僕は恋をしてしまったのだ。
一生独り身万歳とか言っていたのに、隣にいてほしいなあと願う人ができてしまったのだ。
あーもう、これは大がつく程の失敗だ。大失敗。
なんたって噂に聞くとおり恋は本当に面倒。
そしてその他の耳にする噂に反して、ちっとも楽しくない。
まあ、多少僕自身にも問題はあるのかもしれないが。

僕が好きになったのはうちの高校のマドンナ的存在(ってこれ死語?)横峰真由。
彼女はなんてったって美人。きっと知らない男子はいないはず。
頭は普通、運動は苦手らしいが中学校で3年間続けていた、バドミントンだけはできるらしい。
今は美術部にはいっていて、この間なんかの賞をもらっていた、と思う。
爪は少し長いくらいで、マニキュアを塗っているのか光に当たるときらりと光る。
ああ、女の子なんだなあと、それを見たとき僕の心臓はドキドキした。
そんな彼女の好きな芸能人は…えーっと、名前は忘れた。
顔はジャイアンとゴリラを足して2で割ったようなやつだ。
なんであんなのがいいのかはさっぱりわからない。
少なくとも僕はあんなやつに勝てると思う。自意識過剰ではない…はず。
あー、本当に名前を思い出せない。
こういう時どうしてもいらっとしてしまうのが人間だと思う。
友達と話してると友達まで思い出せなくなることもよくある気がする。


彼女を振り向かせるなんて、ましてや地味で目立ちやしない僕が、
あの 横峰真由とお近づきになるだなんて、そんなのは一生無理な気がする。
僕は2組で、横峰真由は7組。
この2クラスだけはなんの交流もない、珍しいクラスだった。本当に運ないなあ。

ただ、そんな僕と横峰真由でも、唯一接近する機会がある。
放課後の、図書室だ。
そんなに大きくはないのだが、話題作がよく入って、それなりに利用価値はある。
横峰真由はこの図書室によく来ていた。
そして月、水、金曜日の3日に1回ペースで必ず本を返してまた借りていた。
図書局の人と横峰真由との会話を盗み聞きしたところによると、
本が大好きで、物語を読むと絵を描く衝動に駆られる、のだそうだ。
小説は文字で、絵は絵なのに、やっぱり彼女はすごい人なのだなあと、
ものすごく納得したのを覚えている。


そんなわけで単純な僕は月、水、金曜日の放課後は必ず図書室へ行く癖がついてしまっていた。
何をするでもない。第一僕は本に興味などない。
横峰真由が来るまでの間、必死にウォーリーを探している、そんなやつなのだ。


そんな僕でも、明日、今月3度目の金曜日に
彼女が少し前に読んでいた「秘密」という本を読んでみようと思っている。
そしていつか、ばったりどこかで偶然、会った時には
「あれ?7組の横山さんですよね、
 いつも図書室に来ている。いやあ、僕もあの本が大好きでね…」と話してみせるんだ。