真夜中の誰もいない商店街。
ここも寂れてしまったね、と誰かが言ってたのだけれど
あたしがこの街に来てからずっとこの状態なので
どれくらい盛んでいたのか、あたしは知らない。
数少ない街灯をたよりに、ふらふら、おぼつかない足であたしは歩く。
降りっぱなしのシャッターに、看板がとりはずされて、
日焼けしたあとだけうっすらと見える、山田商店の前を通りかかった時、
透き通るような声が、歌が聞こえた。
あたしの足はまるで最初からどこか知っているみたいに
自然とその声の元へたどり着く。
彼はあたしに気づかずに楽しそうに下をむきながら歌っていた。
曲が終わって、彼は心底、驚いたようにあたしの名前を呼ぶ
「ビアンカ?」
あたしはそんな名前じゃないのだけれど、
今日は彼の呼んだビアンカになろうと思った。
「うん」
嘘をつく。
けれどこれがきっと最初で最後だ。
こんなに夜も遅いからきっと神様は気づいていない
「お前いつから人間になったんだよ」
「ひみつ」
ビアンカは人間じゃないらしい。
いったい彼は何とあたしを重ねてるんだろう。
あたしを見上げている彼の顔は、あたしよりも幼い。
けれど醸す雰囲気はあたしよりもずっと大人びていた。
「久しぶりだな」
「うん、そうだね」
「元気だった?」
「そこそこ、だよ。そっちは?」
「俺は、腹減って死にそー」
「じゃあ、あげる」
鞄から食べていなかったチョコレートを手渡した。
そうすると彼は「猫もチョコレートとか食うの?」と訊いた。
ビアンカは猫、なんだろうか。
彼はチョコレートを半分に割ってあたしにもくれた。
とりあえず座れば?と促されたので、あたしは彼の正面に座る。
間にギターのケースをはさんで。
「ずっと、ここで歌ってるの?」
あたしから話を持ち出してみる。
ビアンカは彼にとってどんな存在だったのだろう。
「1回本気でミュージシャン目指してて、ここ離れたりもした」
「ミュージシャン?」
「なんでもいいから、音楽に関わって生きていきたいって思ったんだ」
「ふうん。でも、戻ってきたんだ?」
「そう、予想以上にお金がなくなってしまって。
その間に友達も恋人もいなくなっちゃってさ。
戻ってきたらビアンカももうどっか行ってて、色んなものを失くしすぎた」
「でも、あたしは戻ってきたよ」
「そうだな、ビアンカにまた逢えてよかった」
彼は満足そうに笑った。
それからチョコレートをまた一口食べて。 静かな時間が流れる。
ここは寂れているのかもしれないけれど、
寂しくないように誰かが守っているんじゃないかなとも思う。
今彼がここで歌っているように。
色んなモノを失くしてまで、追いかけたかった夢とは
いったいどんな大きさだったのだろう。
半分親のコネみたいなもので今の会社に入ったあたしには、羨ましいと思った。
叶えばいいのになあと自分の事のように思った。
隣に置いていたギターをまた彼は抱えた。
歌っていい?と遠慮がちに訊ねるので、あたしは笑っていいよと一言だけ言った。
「Hello,My Dearest 知ってる わけないか?」
「えーと、ちょっと待ってね、聞いたことある」
「え、本当に?」
「確か、それに別のタイトルあったよね」
「…うん。」
「君に出逢えて僕は幸せ…だったけ?」
「…え、本当にビアンカなの?」
「え?」
「それ、どこで聞いたの?」
「どこだったかな? どうしたの?」
彼はすごくすごく嬉しそうに笑った。
「これ俺の作った曲」
じゃあ違う曲かもと言おうとした瞬間、彼が歌い始めた
やっぱり聞いたことあって、口ずさめるくらいあたしはこの曲を知っていた。
もしかして本当にあたしがビアンカなのかも知れないと、思ってしまった。
ビアンカが猫かどうかも知らなかったのに。
Hello,My Dearest
だから今 ふたりで歌う愛の歌