あたしにはないその薬指 何をしてでも手に入れたかった
「知っていたわよ」
彼女は意外にもとても淡泊にそう告げた。
電話越しのせいで表情は伺えない、
だけれど彼女はきっと冷静で何食わぬ顔をしているのだろう。
あたしはこんなにも必死で、今を繋ぎ止めようとしているのに。
深紅の唇
始まりは去年の冬だった。
お姉ちゃんが拓弥さんを紹介しに、家に連れてきたのだ。
出会った瞬間、恋に落ちた。
それと同時に初めて憎悪という感情を知った。
嫉妬よりももっと深くて恨みよりも重い。
あたしは拓弥さんに「何かあった時のため」と理由をつけて、
携帯の番号とアドレスを聞き、その次の日には逢って、関係を結んだ。
拓弥さんは、こういうことには慣れているような口ぶりで
「また、明日ね」と別れ際に言った。
最低な男だ、と思った。
あたしも最低な女なのかもしれないけれど。
それから1年ちかくたった今でも、その関係は続いていた。
それが当然だったし、お姉ちゃんよりも愛されていると思っていた。
いつか自慢げに見せつけられていた薬指の指輪も、
時が経てば自然とはずれる日がくるんだろうなと思っていた。
けれど、二人の口から伝えられたのは「結婚するから」という言葉だった。
言おうとした言葉が何一つとして声にならなかった。
のどの奥で引っかかって、目すら合わせられずに
あたしはそのお祝いのすきやきを、一口も手をつけれずにただ、座っているだけだった。
拓弥さんに電話をすると「そういうことだから」で終わってしまった。
泣きじゃくって、それ以上の言葉が言えなかった。
もっと追い詰めて、苦しめて、あたしの思いを消化させてほしかった。
でも、拓弥さんはきっとそんなことをすれば
今後一切、あたしと会話をしなくなるのだろう。
それだけは避けたかった。
こんなに裏切られても、もうこれ以上の望みは無いと知っていても
まだ、あたしは彼のことが好きなのだ。
彼のことを恨んだり嫌いになれたりできないのだ。
気づいたら、拓弥さんに初めて連れてきてもらった小さな遊園地にいた。
どきどきしながら乗った助手席、繋いだ手、あたしの名前を呼ぶ彼の声。
どうしようもなくなって、お姉ちゃんに電話をした。
もうなにもいらない、姉妹なんて繋がり必要じゃない、
全てが壊れればあたしの望む運命になる、奇跡を過信した。
もしもし、あたし、拓弥さんとできてるよ、恋人なんだよ。
キスだってした、手も繋いだ、抱きしめ合ったりもしたんだよ。
全部告げたら、彼女は一言「知っていたよ」、それだけ。
「嘘、でしょう?」
「少なくとも半年は続いているでしょ?それだけ長かったら気づくわよ」
「……」
「信じられない?」
「、」
「信じられないなんてこっちの台詞だけれどね、
でも拓弥と結婚するのは私よ、返してもらうわ」
「 いや」
「いいじゃない、これで丸く収まるわけでしょう?
最初からなにも無かったと思えばいいのよ。
拓弥は私のもの。それ以上でも以下でもないの」
「…お姉ちゃんは悔しくないの?」
「残念ながら私は、郁よりも拓弥のことを愛しているのよ。
この程度のことなら目をつむれるわ。」
こ の程度…?
あたしと拓弥さんの1年がこの程度、だなんて。
覆らないこの状況に耐えられなくて、何も言わずに電話をきる。
思考も涙も追いつかない。息もうまくできない。
しとしとと降る霙があたしの身体にまとわりつく。
あたしの体温で溶けて流れて染みこんで、気が付いたらべちゃべちゃになっていた。
彼はあたしを選ぶのだと思っていたのだ。
今でもその祈りにも近い願いを捨てきれずに、こんなネオンの下で、
彼が来ることをいつまでも待っている。
どうして、彼はお姉ちゃんの恋人なのだろう。
最初に出会ったのがあたしだったならば、この運命は違ったのだろうか。
凍える身体は心臓は、いつまでもあたたまることはない。
彼からもらった、あたしには少し不釣り合いなこの口紅だけが
真っ白な雪の中で映えて、霙にまぎれた涙のせいで消えた。
深紅にも似たあなたへの想いを心に残したまま