恋はチョコレートよりも甘く、とろける心で





家出をして、早3日がたった。
理由は本当になんてことない親とのケンカ。ありがち。
テストの順位が悪いっていう、それだけで頭ごなしに怒られた。
点数はいつもよりも良かったのに、前よりは頑張ったのに。(言い訳、だけど)
医大に行った姉と散々比べられて、生きている価値が無いとまで言われてしまった。
むしろあたしが正当なあんたと、あんたの旦那との子だよ。
いくら毒ついたって、あたしを怒る理由を増やしてしまうだけだ。

手には財布とケータイ、手動で充電できるケータイの充電器だけ。
一人暮らしの友達とか、親が留守にしている友達の家にお世話になって、もう3日。
学校には行っていない。心配の電話もメールもない。
気づいたら新着メールを何度もチェックしている自分に気づく。
ほんとうに、あたし、なんなんだろ。




こんなことしかできない自分が、コドモってことも、無力ってことも知っている。
だけどあの家にはもう戻りたくなんかないし、こんなあたしに何ができるか知りたかった。
頭が悪いだとか、最近のガキは…なんて鼻で笑われるだけかもしれない。
だけど、これだけが、これっぽっちのことだけが、
あたしにとって、この腐った世界にできる精一杯の反抗なのだ。

「さむっ…」

適当に羽織ってきたジャケットじゃ足りなくて、コンビニに行くのもつかれてしまった。
友達は学校行ってる間もいていいよとは言ってくれたのだけれど、迷惑すぎるので断った。
あたしのちっぽけな家出に(あたしにとっては大きな事だけれど)巻き込むわけにはいかない。
あたしに残ったのは空腹気味なお腹と、同じく空しいお財布の中。
あと、どれくらいこの世界に反抗できるだろう。



公園のブランコでぎこぎこ考え事をしていると、青野くんがあたしに声をかけてきた。
青野くんは学年1位とか2位とかの常連で、毎日塾で忙しいと聞いていたのに、
17時、どうして今青野くんはあたしの前にいるのでしょう。


「大内じゃん」
「大内です」
「今、家出中なんだっけ?」
「うん…なんで知ってるの?」
「有名になるに決まってんじゃん。
 おれはスーパー努力して手に入れた順位のおかげでやっと名前が知れ渡ったというのに、
 1晩で学校のスターだぜ?尊敬しますわ」
「どーも」


皮肉たっぷりだった。それでも彼は鮮やかに笑う。


「褒めてんだよ?」
「…どーも」



この人の悩みはきっとあたしなんかと格が違うのだろう。
頭がいいって得だ。きっと順位だとか点数だとかで怒られた事がない。
うわ、あたしかっこわるい。ひがんでる。


「青野くんはどうしてここに?」
「塾がこの辺だから」
「さぼったの?」
「まさか。俺がさぼると思う?
 塾に忘れ物したから取りに行っただけ。今日は塾休み。」
「あ…ですよね」
「つか、寒くない?マフラー使う?」


別にいいと断ったのだけれど、それじゃあ俺がかっこつかないからと、強引に渡された。
うん、あたたかい。マフラーも青野くんの優しさも。
息をすると青野くんのにおいがした。


「大内は?」
「へ?」
「いつまで家出?つかなんで家出?」
「んー、終わりは全然考えてない。 理由は…」

大きなため息をつくと、白に染まってしまった。
それがなんだか無償に苦しかった。情けなく、思えた。

「親に順位のことで怒られて、前より点数あがったんだけどね。
 って言っても所詮ちっぽけな点数なんだけど。
 お姉ちゃんは医大行ってるのに、お前はなんなんだ、みたいな。
 生きてる価値ないみたいな言い方されて、死んでやろうかと思って家出たの。
 でも、気づいたら3日たってて、まだ生きてた」
「そりゃむかつくなー。俺も成績のこととかめっちゃ言われるから、わかるよ」
「へ?青野くんが?なんでっ?」


声が、自分の想像よりもずっと荒くなってしまった。
青野くんは、大内ばかだーと言って笑った。
すいません、ばかです、あたし。


「だって、この辺もっと頭いい高校あんじゃん?」
「…あたし受験すっごい頑張ったんだけど。」
「俺も頑張ったよ。中学の時さぼりまくってたし。
 でも受験やってみて勉強って意外と楽しいってことに気づいて、頑張った。
 努力は今までそっぽ向いてた親も認めてくれたし」
「…すごいね」
「そうかな?家出を実行できる大内もすごいよ」
「…ありがとう」


青野くんが、あたしのことをすごいと言ったことに驚いた。
あの目はバカにした瞳じゃない。心からすごいと言った目。
あたしの、世界に対しての反抗が間違ってなかった。
たとえ他にどう思われていようと青野くんが言うんだ、間違いない。



「そーだ、腹へらね?」
「減りました」
「俺から家出少女に、いいもんやる」

青野くんは鞄のなかからごそごそと、チョコレートを大量に取り出した。

「なに?そのチョコレートの山。」
「今日バレンタインじゃん」
「あーっ!」


家出のおかげですっかり忘れていた。最悪。
もう女の子失格じゃんね。年に1回なのに。
あー、もう…。それにしても、この量…。

「もてるんだね」
「当然」

後ろにはハートマークもつけて、彼は笑った。
青野くんは、かっこいい。女装が絶対似合う、美形だ。
それに加えてこの少しむかつく口ぶりと、頭のよさ。
もてるっていうのも、納得かも。
そんな青野くんはあたしの隣で包装紙をびりびりとやぶいて、
明らかに手作りのタルトをあたしに一つ、手渡した。


「チョコは女の子の気持ちだよ!?あたしが食べちゃだめでしょう?」
「大内意外と乙女だなー。恋は空腹に勝てないんだぞ」
「意味 わかんない」
「まあ、幸せはわけた方がいいってこと」
「ふーん…」


申し訳ないと思いつつも、おいしそうなタルトがあたしに食べてくださいと声をかけてくる。
ごめんね、いただきます。


「このチョコ持って、家帰れば?」
「やだ」
「なんで?」
「帰らないって決めたから」
「ふーん。頑固は嫌いじゃないけど、とりあえず風邪ひくぞ」
「それに、親はあたしのこと愛してないし」

「大内、残念ながらそれは不正解。」


目が、真剣だった。
吸い込まれそう。この人、綺麗な茶色い目。


「愛してるから怒れるんだよ、安心しな。
 第一、大内の下の名前、愛美だろ?美しい愛。」
「でも…」
「しゃーねーなー。じゃあ渋ってた一番高いチョコやるよ。
 だから、帰ってみ。きっと泣いて抱きしめてくれるさ」


マフラー同様、押しつけるようにチョコレートを握らされた。
そのまま青野くんは、明日学校来いよーと叫んで、走り去っていった。

手の中の高級チョコレートを見ると、拍子抜け。
なんだ、チロルチョコじゃん。くっそー。
口の中に放りこむと、やっぱり甘くて、心臓がくすぐったくなった。





SWEET 214




その後、あたしは結局家に帰った。
親は、お帰り、とだけ呟いた。
(泣いても抱きしめてもくれないじゃん、青野くん嘘つき。)
なんて思っていたのだけれど、その夜の晩ご飯はあたしの好きなものばかりが並んだ。

五目ご飯、チーズフォンデュ、焼きそばにオムライス。

炭水化物ばっかりじゃん、本当、あほらしくて泣けてくる。
ごちそうさまの代わりに、ごめんなさいを告げると、
パパはめがねの奥がうるうるしてたし、
「トイレ」と言ってしばらく戻ってこなかったママの
目と鼻の頭が赤かったのは見間違いじゃないと思う。

ああ、あたし愛されてたんだなあ。
しみじみ思う今のあたしが、少しだけ好きになった。
勉強を頑張ろうかななんて、思ったりもして。



翌日の学校で青野くんにそのことを言うと、自分のことのように幸せそうに笑ってくれた。
お礼をしなきゃ、と昨日急いで買ってきたゴディバのチョコを渡す。
2番目に小さかった箱だけど、それでも高校生には十分な値段でしょ、

「こういうのを高級チョコっていうんだよ」
「あはは、そうだな。じゃあ、昼休み二人で食べようぜ」
「なんで?独り占めしていいよ?」


「幸せは、好きなやつとわけた方が幸せだろ」


シンプルに彼はあたしに言い放って不敵に笑った後、教室へ戻っていってしまった。
くそう、昨日からあたし、やられっぱなし。
返そうと思っていた、まだ彼のにおいがするマフラーを右手に、
どくどく止まらない鼓動を胸に、チャイムが鳴るまで廊下に立ちつくしている あたしがいた。