「きょーちん」
「どうした」
「どうして由香里は女で、きょーちんは男なの?」
「んー、遺伝子があーなって、こーなったからじゃない」
「神様っていると思う?」
「由香里は?」
「わかんない。だからきょーちんに答えを求めたの」
「ふーん。俺もわかんねーや」
どうして今俺らが2人で橋の上にいるかというと、昨日の昼休みに話はさかのぼる。今までまるで接点のなかった由香里が、突然教室の俺の机前に突っ立って「由香里の恋人になってよ」と言った。告白よりも、脅迫に近いものがあった気がする。「一人称が自分の名前の女って好きじゃないんだけど」と言うと、由香里は口をとがらせて「そんなの関係ない。由香里いい子だよ?」 そう、言いはなった。(…そんなことを言われても。) このまま何を言っても通じなさそうなので、「じゃあまず、友達から」俺が精一杯に言うと彼女は首を横に振った。おいおい、やめてくれよ。周りからの視線が痛くて、「明日決めるから、頼む」と必死にお願いすると、彼女は渋々頷いた。(なんで俺こんな必死なんだ) 「じゃあアドレスは教えて」と言うので、赤外線でお互いの情報を交換した。アドレス帳には 山内由香里の文字。237番。そんな出会い、しかも昨日の事。
「今日、ほんとにきょーちん来てくれると思わなかった」
「由香里が来いって言ったんじゃん」
「そうだけど。だって最初由香里のこと嫌いって」
「言ったっけ?」
「一人称がどったらこったらーって」
「ああ、覚えてたんだ」
「覚えてるよ。由香里、暗記力いいもん」
「ふーん、意外。」
「変な女って、きょーちんの顔に書いてあった」
「わかってたの?」
「ちょっと由香里焦りすぎてたなって反省」
「なんで、焦ってたの?」
そう言って、口を閉ざした。由香里は、橋の手すりにもたげていた首を起こして、伸びをしたあと、その手すりに背中を向けてそのまま座ってしまった。だから俺も見ていた川に背を向けて、由香里と同じ目線まで下がる。同級生達はみんな、今頃まだ授業を受けているんだろうなー。
「ねえ、きょーちん何て言って教室出てきたの?」
「腹痛だから帰る、って言って」
「先生とかに何も言われなかった?」
「休み時間に出てきたから、」
「へー」
「由香里、さっきの答えは?」
困った顔をして、「聞いちゃうの?」と尋ねた。触れるべきではないのかもしれないと思いつつも、頷いてみせると彼女は立ち上がった。そして、手すりに書いてある無数の落書きという名のメッセージの中から、一つを指さした。
「これ、」
そう彼女の指の先にある白い文字を読むと
”村中恭也くんと恋人になれますよーに。 中山桃”
「…俺と、同姓同名っすね。しかも中山桃って去年同じクラスだった人と同姓同名だし」
「桃は由香里の友達。それから好きな人」
「…女の子が好きなの?」
「違う、桃が好きなの」
そう言って由香里は泣いた。彼女が最初に訊いた質問の意図がわかった。あれには続きがあるんだ、どうして由香里は女で、きょーちんは男で、桃は女なの、という。
由香里は泣きながら、この間その話を中山さん本人から教えてもらって橋の上でぼーっとしていたらこのメッセージを見つけたのだと言った。
「桃が、ももが好きなの」
「うん」
「きょーちんのばか」
「え、ごめん。ていうか今俺らが2人でいること中山さんは知ってるの?」
「知らない。たぶん知られたら友達でもいれなくなる」
「…由香里、ばかだなー」
「しょうがないじゃん。苦しいよー、もう嫌だよー」
そう言う由香里の頭をぽんぽんと撫でる。ごめん、俺は由香里を抱きしめれるほどキザな男じゃないらしい。その代わり、筆箱から修正ペンを取り出して由香里に渡す。書け、と言うと涙をセーターで拭って俺の手から修正ペンを受け取った。彼女は橋に思いを綴る。
”中山桃が好きです 山内由香里”
「じゃあ、次きょーちん」
「俺? 俺なんもないんだけど」
「いーから」
無理矢理に渡された修正ペンを握って、しばらく考えた。…どうしよう。そうつぶやいて他の書き巡らされた言葉たちを読んでいると、”ミキに永遠を誓います”とか、”今日振られちゃいました”とか、”お兄ちゃんが幸せになりますように” 世界の届かない思いが凝縮されたようだと思った。だから俺はありがちに祈りを白く文字にする。
「世界中の人が、幸せになります…ように?」
「そう、特に由香里」
「きょーちん、意外とベタなんだね!」
「うるせーな」
由香里は涙を零しながら、そう笑った。泣いて笑って、いそがしいやつだ。
一通り彼女は泣いて、最後にはすっきりした顔で俺にさよならを言った。送ってくと言いかけて、やめた。しばらくこの空間にいたかった。
手を振って背を向けて歩き出した由香里は、しばらくしたら振り返った。
「きょーちんも幸せになりますよーに!」
そう目一杯に叫んだ。うるさいやつ。つい吹き出して笑ってしまう。俺を巻き込んだ張本人が何を言うんだ。授業までサボらせたくせに。それでも、由香里のその一言につい幸せにならずにはいられなくて、僕は右手をあげて親指を立ててみる。そうすると由香里は満足げに笑って、また前へ歩いていった。
苑橋の上で世界の幸せを祈った俺は、鼻歌を歌いながら、家路へと歩く。今日の晩ご飯はカレーがいいな、なんてそんな些細な思いを胸に抱きながら。
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