キスをしようよ



寧くんに聞いたところ、どうやら渉くんは初ちゅーはまだらしい。
(でもえっちはしたことがあるらしい。なんてこった。)
なんでも、ちゅーが怖い、とのこと。どうして?と聞いても寧くんは笑うだけ。
「そのうちわかるよ」
って、それだけ。んーわかるのかな?

そう思ったから実力行使。
リップはイチゴの匂い。グロスはべとべとにならない程度にキラキラに。
何度も唇を「んーまっ」で整える。
チークもほどよく、目元はちょっと気合い入れて。
だから ねえ、渉くん。

キスをしようよ


手を繋いで一緒に帰る道。寒空の下、2人の影の形はハート型。
「寒いね」ってそれだけ言うと渉くんがしていたマフラーをわたしにふわっとのせた。
あまい、香水の匂いがした。それだけで心臓が鳴る。
やっぱり何気なくこういう風にできるの、慣れてるんだろうなって思う。
だって渉くん、ほんの十数年生きてきて、付き合ってきた恋人の数 片手じゃ足りない人。
両手でも足りるかどうかは、わからない。
渉くんに聞いてみても「どこからが彼女って言う定義なのかなー?」と言われる。
えっちだけの人とかいたんですかね。怖いね。
だけどそれでも、あたしがどうして渉くんの傍にいるのかと言うと、
うまい口車に乗せられたというのもあるんですけれども、
こんなにも優しく、大切に想ってくれるから。
信じてる。信じれるようにしてくれている。
絶対ホンモノなんだって、心から思える。
友達はみーんな反対してたけど、今じゃ幸せなあたしを見てよかったねとも言ってくれる。
うん、よかったよ。渉くんの隣はすっごくあったかいの。
ずっとずっとここにいたいなって想える程なの。

だからね、渉くんが怖いって思うもの減らしてあげたい。
大丈夫だよっていう気持ちにさせてあげたい。
もう一個言っちゃうと、渉くんと ちゅーがしたいっていうのも、
あったり、なかったり。ありますよねー、そりゃ。えへ。


「志月、なに考えてんのー?にやけてるけど」
「にやけてない!考えてない!」
「ふーん」
「…うそ。ほんとはちょびっと考えてました。」
「はは、何考えてたの?」
「あのね、渉くん」
「ん?」

なんかこれ、予想以上に緊張する。
深呼吸、しんこきゅう。すーはー、すーは。

「あたし、渉くんと…ちゅーしたい、なあって」

わざと上目遣いで渉くんの表情を伺う。
渉くんは、困ったような、悲しいような、ちょっと怒ってるような。
とりあえずそんな嬉しそうではない。え、ショック。どうしよう

「…したい?」
「え、うん。…いや?」
「俺さ、」
「うん?」

さっきのあたしより緊張した顔で、一生懸命に言葉。

「キス、へたなんだよね」
「……へ?」

渉くんは顔をまーっかにして「あーもう」としゃがみこんでしまった。
…こんな渉くん、初めて見たよ。
心臓の奥から「愛おしい」って感情が溢れ出す。
止まらないスピードで、どうしようもなくって、上から包むように抱きしめる。

「でも、ちゅーしたことないんじゃないの?」
「それ、寧から聞いたの?」
「うん」
「…理由聞きたい?、笑わない?」
「理由聞きたい。笑わない。 かも」
「あー、さくらんぼのヘタ、口の中でさ、…結べないん だ よね」
「それだけ?」
「寧が結べること自慢げに話すから、って!くそっ、あとで殺す」
「あはは、だめですよー」
「…おれ、めっちゃかっこ悪いじゃん。さいあく」
「かっこ悪くない。かわいすぎます」
「……き、のが、かわいーし」
「ん、何て言ったの?」

渉くんはあたしの両腕をやんわりほどいて、がばっと勢いよく立ち上がった。

「志月の方がかわいいって言ったの!」
「え、?」
「わかった?」
「、んーん!わかんなかったから、もっかい言って」
「…かわいーんです、志月さん、きゅーとです!」
「あははは」

耳の先まで真っ赤で、目を泳がせまくり。
ふと目があったら、「目、つむって」と真剣な声で言われて、静かに目をつむる
それから先は、ひみつ。
だけど言えることは、すごくすごく幸せだったってことです。