イントロ



アナウンスがかかる。ただいま電車が遅れています、少し先の駅で人身事故がありました そんな感じ。 周りの人はみんな舌打ち気味で、自分の予定が遅れてしまうことだけが億劫のようだ。 悲しい世界、わたしもそんな世界の一部。たったの一部。 毎日のように起こる悲しい事件も事故も、テレビで流される電波でしかないかのように、 誰かの悲しみも痛みも反映しない。「痛々しいですね」という見慣れたアナウンサーの顔も、事務的だ。 ひとりの命の終わりが、これっぽっち。なんだか、寂しいなあ。
終点までゆけば、なにかが待ってる? なにが待っているの?






















































ガタンドクンゴトン



           イントロ
           クレパスタイヨウ
           抹茶ケーキは恋の味
           線路は続くよ、どこまでも
           つり革の下で
           エンディング





































クレパスタイヨウ



ガタンゴトン、さっきまで乗っていた電車はあたしを吐き出すように置いて、また再び発進。 出口へと歩くあたしの横を、たくさんの風を連れてはしって、見えなくなってしまった。 乱れた前髪をてぐしで直して、階段をくだって改札を抜ける。 来た時に咲いていた桜はもうすっかり葉をつけている。 この街の夏は早い、まだ 気持ちだけおいつかないなあ、なんだかなあ。

コノ線の下をくぐる小さな橋。壁に隙間なくスプレーで落書きがしてある。 この街は壁という壁に落書きがある。あたしが赤のクレパスで太陽を書く場所なんてない。 立ち止まる暇なんてない、ぐっと前をむいて小さな橋を抜けると、きれいな きれいな夕焼け。 たくさんの黒い線が浮くこの街の空のオレンジ色は、高いビルの窓の反射で、きらきら輝く。 寂しいなんて思っている暇がないのは知っているけれど、 オレンジ色の景色が、どうしても胸をしめつける。

ちょっとだけ、ほんの少しだけ涙を瞳にためて、目を瞑ってまた開く。 今は家族も友達も、遠く遠く離れた街にいるけれど、 つらさや疲れに逃げたくもなるけど、大丈夫。がんばってるよ。 しずんでゆく太陽にぬかされないように胸をぐんと張って、歌って帰ろう。 この空は繋がってるよって、そんな歌。


































抹茶ケーキは恋の味

改札をぬけて、左へ曲がると小さなお菓子屋さんがある。 甘いにおいに誘われてはいると、どんなお菓子よりもあまい笑顔。 「いらっしゃいませー」のあまい声。 ぼくは、君に恋をしました。

毎日通い続けて早二週間。 君の名前は「安藤」。名札を見てすぐ覚えた。それから毎日思い出している。 安藤さんかー、下の名前はなんていうのかなあ、かわいい名前なんだろうなあ。 僕はいつも通りに「チーズケーキとアーモンドクッキーをください」と言うと、 「はい」と笑って、丁寧に箱につめる。 「ご確認ください」と見せられて、チーズケーキとクッキーと…。

「あれ?」
「いつもご利用してくださっているので、今日はサービスです」
「うわ、ありがとうございます」
「抹茶モンブランです。まだ試作段階なのですが…抹茶、大丈夫ですか?」
「だいすきです」

あなたが!と言いたくなる衝動はなんとか抑えられても、にやにやは抑えられない。 あー、もう。覚えててもらえただけでも嬉しいのに、サービスだなんて!なんていい日!

「他の人には、内緒ですよ。ふふっ」
「へへっ、わかりました。」
「ケーキ好きなんですか?」
「三度の飯より好きです」

あなたが!!

「あ、えっと。お会計420円です」
「はい。」
「スタンプカードはお持ちですか?」
「あ、はい。」
「お預かりいたします…、4つ つけさせていただきます。
 あと5つで全部貯まりますね」
「一個もらえるんでしたっけ?」
「はい、そうです。なにが欲しいですか?」

あなたが!
せめてあなたのメールアドレスだけでも!

「ガトーショコラ、ですかね」
「ふふ、おいしいですよね」
「はい。」
「ではこちらレシートのお返しでございます。」
「あ、はい」
「商品でございます、気をつけてお持ちください」
「ありがとうございます」
「では、またのご利用 お待ちしております」
「はい、また来ます」

ウィーンと自動ドアが閉まる。目が合って手を振ってみると、照れたように笑って振りかえしてくれたではないか! あー、なんていい日だ。なんてしあわせな一日だ。スキップで帰ろう。ケーキを食べよう。 明日からもまた、がんばろう。




































つり革の下で

「あ、小川さん…だよね?」
「どうも…?」
「そんなあからさまに誰かわかんないって顔しないで、中村です。
 高校のとき、林と同じバスケ部だった、」
「あー、中村くん!よくわかったね。」
「雰囲気全然違うから、最初は声かけるか本当に迷った。」
「中村くんこそ全然違うよー、でも卒業してから2年だし。当然かあ。
 あ、それに坊主の時しか知らないからかも。」
「俺ずっと坊主だったね、そういえば。かっこよくなったしょ?」
「うん、びっくり。」
「ははは。正直!」
「元気だった?」
「元気元気、小川は?」
「元気だよー」
「林とは、まだ付き合ってんの?」
「いちおう、ね。」
「おー、長いなあ。」
「中村くん、しょっちと全然会ってないの?」
「連絡はたまにとってんだけど、タイミングが合わなくって。」
「そうなんだー。」
「小川さんは?林と会えてんの?」
「こないだ会ったよ。それでちょっと別れ話もした。」
「え、なにそれ!」
「わたしが勝手に一人でつらくなって、寂しくなっちゃったの。
 お互い忙しいし、連絡欲しいとか、逢いたいとかって
 しょっちの夢の邪魔してるだけかなあって、
 色々考えたら別れたほうがいいのかなあ、って考えちゃってね」
「うん、」
「でもしょっちに全部うまく言いくるめられちゃった。大丈夫だ、って。」
「さすが部長だな」
「ね、ほんと。まとめるのうまい。」
「ははは、」
「中村くんは、最近どう?」
「俺ー? 相変わらずスイカ割りの神と呼ばれてますよ」
「うわ、懐かしい!」
「ほんっと懐かしいよね、高校生戻りてー」
「それ本当しょっちゅう思うよ、制服着たい。」
「ね。あの時は無敵だった。」
「だって病室でスイカ割りだよ?常識知らず、さいてー。ふふっ」
「小川さんのスイカ割りの下手さね」
「うるさいなあ」
「林にスイカ割りしようって言っといて」
「おっけー、でも中村くんからも言ってあげて。喜ぶよ」
「そだな、電話でもするわ」
「うん。」
「あ、じゃあ俺ここで降ります」
「そうなんだ?気をつけてね」
「おう、小川も。林と仲良くな。」
「ありがとう。そのうちゆっくり呑もう〜」
「いいねー、じゃー」
「またね。」




































線路は続くよ、どこまでも

踏み切りの真ん中に立ってみる。真夜中のこと。 終電はとっくに終わってる。きっともうすぐ太陽が昇って始発がはしる。 カスガとふたりで手をつないで、線路の行方を見つめる。

「夏になったらさ、どこに行きたい?」
あたしがそう言うと、線路のずっと先を見ていた春日があたしの方を見て微笑む。

「旅行?」
「電車にゆられて、ゆっくりどこかに行こうよ。」
「いいですねー。でも海は、嫌だなあ。」
「なんで!」
「日に焼けちゃうじゃないですか」
「えー、海が一番定番なのに。」
「でもコノ線はあれだ、」
「ん?」
「海沿いの線だ。」
「そうなの?」
「確か。違ったかなあ。」
「じゃあ乗ってたら海が見えるの?」
「そうですね、きっと。」
「うんと晴れた日に行こうよ。降りなくていいから。」
「いいんですか?」
「いいよ、クーラーのきいた電車の中からきらきらの海を見よう」
「ふははは、それいいですね」
「でしょう?」

にんまりしたあたしのおでこに、カスガは小さなキスをくれた。 びっくりして周りを見渡すと「誰もいないよ、」とからかうように言う。 顔をそむけて、どきどきを抑える。ああもう、電車が通ればいいのに。そうすればこの胸の鼓動も聞かれずに、 カスガのしてやったりの顔も見れずにすむのに。






































エンディング

終点にたどり着くと、きれいな夕焼けが待っていた。 なんだか、泣きそうだ。
あれほど悲しくて寂しい世の中だと思っていたのに、どうやらそれだけじゃないらしい。 「どうぞ」と笑っておばあちゃんに席をゆずる高校生も、 久々の再会に喜ぶ人たちも、 故郷を離れて一人で寂しそうに座る人も、 流れてゆく景色に楽しそうなちびっこも、 それを見つめる周りの優しい大人たちも。 案外、悪いものじゃない らしい。 お兄ちゃんに言われて、乗ってみてよかった。気づけて、ほんの少し優しい気持ちになれてよかった。
帰ったら今日もお兄ちゃんはケーキを買ってくるんだろうなあ。 わたしもなにかおいしくって幸せになれるものを買って帰ろう。 今とは反対の電車にゆられて、ゆっくりゆっくり帰ろう。何を買うのか悩みながら。