壁は多く険しく立ちふさがる だけど進む 未来へ
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久々に、ここに立つ。
育ってきた家、私のふるさと。
息を吸って きっと必要のないはずの覚悟をする。

「ピンポーン」

のばした指はボタンの手前で遮られる、
後ろから聞こえてくるはずのないインターフォンのオノマトペ。


「帰ってきたのかよ!とめ子!」


私と同じだけ年を重ねたアッキが笑う。
おだやかな景色だ。


キャリーバック


「どうしたんだよー!
 ここ何年も帰ってきてなかったって話じゃねーか!
 元気だったか?ちゃんと飯くってんのか?」
「うん、」
「お前んち、今日誰もいないはずだぞ」
「え!」
「なのによー、とめ子がキャリーバッグごろごろして
 バスおりてくっから、どうしたんだべと思って来たのさ」
「うそー…」
「知らなかったのか?
 昨日おじちゃんもおばちゃんも、あととめ子のばあちゃんも
 みんな仲良く温泉行って来るって、
 でっかい荷物で朝早くから行ってたぞー」
「なんでアッキ知ってるの?」
「朝たまたま会ったんだわ」
「そうなんだ、」
「とめ子はおいてけぼりか!」


ガハガハとアッキは人の気も知らず笑う。
なんか、やだ。本当嫌。
やっぱり来なきゃ良かった、こんな町。
小さくて狭くて、近すぎて息が詰まる。


「とめ子どうすんの?」
「どうにかするよ。鍵はあるから」
「…そっか、困ったことあったら言えよ!」
「ありがと。でも大丈夫。」
「ん、したっけな」


鍵をさしこんでドアを開けると変わらない匂い。

「あ、とめ子!」

後ろからまた、大きな声。

「晩飯俺んち来いよー!待ってっから!」


ドアを閉めて、静寂。
差し込む光のせいで埃が舞うのがやけに見える。
しばらく忘れていたこの匂いも床の感触も、
静寂を引き立たせて右手の荷物を重くさせる。引きずれないキャリーバッグ。

アッキの家には行かない、行けない。
なにか理由をつけて明日謝ればいいよね、
疲れて寝ちゃったとか、そんな感じできっと平気。
どうせもともと3日間しかいない予定だし。
その間にみんな帰ってこなかったらどうしよう、もう ほんとうまくいかない。

キャリーバッグのファスナーを開けて、
この家とは違う自分の匂いのする部屋着に着替える。
横になったソファーのシーツは冷たくて、
あわててブランケットを二枚重ねてくるまる。
目をつむると一筋雫、つめたい。
大丈夫、寝てしまおう、夢がいいな。
うんととびきり幸せな夢がいい。







「何で来なかったのさー!」

朝から騒々しい。
眩しさで辛うじて開けた目はアッキを捉えた。

「鍵も開いてるし、無用心だな」
「おは、よう」
「もう昼だぞー。よく寝れたか?」
「うん。昨日はごめんね」
「疲れてたんだろ、まあしゃーない」

「ホレ」と渡された紙袋。
底に触れるとあったかくて、開いてみるといい匂い。

「好きだろ、いももち」
「そうだけど…なんで、」
「一人暮らしだったっけこんな面倒なの作らんべなーと思って
 俺が腕ふるってあげました。」
「ありがとう、アッキ料理できるんだね」
「そりゃ一人だからな」
「え?」
「あれ、知らんかったか?」
「…なに?」
「母さん死んだんだよ、去年」
「えっ…」
「長いこと闘病してたから覚悟はできてたんだけど
 やっぱいざ居なくなると寂しいもんだなー」
「ごめん」
「なんも!てか聞いてなかったんだ?」
「うん、あんまり連絡とってなくて」
「そっかー、まあ気にすんな!」

もっとヒドく責められると思ったのに。

「ありがとう」
「うん」

アッキのいつもの弾丸トークで、何で知らないんだって、
まめに連絡とらなきゃダメだとか、
きっと言われるって 強張らせていた肩がゆっくりほどけた。


「じゃー、まあ今日こそ晩飯食いに来いよ!」
「、いいの?」

アッキは驚いた顔をした。

「当然!」







昨日の私ならきっと行かなかったのだろうけれど
なんとなく、本当になんとなく、
行ってみようと、行っても大丈夫という気持ちになれた。

アッキの家の前に立つと、カレーの匂い。
カレーかあ、最後に食べたのいつだろう。

インターフォンを押すとどたばたと扉が開いた。
「いらっしゃい」笑顔のアッキがいた。


カレーはおいしくて、アッキの言葉ひとつひとつ嫌じゃなくて
今日来てよかったって心から思った途端、


「そいえばとめ子ってなんで戻ってきたの?」


私の心臓に、ちくり一針つきささる。

「妊娠したから」
「え!」
「不倫してた人との子供。」
「…」
「だからおろすって言いに来たの」

目なんか合わせなくたってわかる、アッキの鋭い視線。

「うそ言うなや」
「…」
「おろすなら勝手に一人でおろせ!
 うそだろ?本当はうみたいんだろ?
 とめ子の今の言葉は そう言えばいいんだろって用意した台本だろ?
 強がってどうすんだよ!
 とめ子の命もその子の命も、とめ子のもんだけじゃない!」

そんなこと、

「そんなことアッキに言われたくない!
 何がわかるの?わたしの気持ちの何を感じ取れるの?
 どんな思いでこの町に来たか知らないくせに!
 お金もない、父親もいない、私の中の子は不幸だ!!!」


かぶさる影にぎゅっと目を瞑った。
だけど触れたのは痛みでもなくぬくもりで、
やわらかいゴツゴツしたアッキの手がわたしの頬をなぞる。


「産みたくないのか?」
「…産みたいに決まってる 、」
「わかった」

「俺が面倒みる」


「は?」

「お金はどうにかする。きっとなんとかなる。
 そもそも俺はとめ子にプロポーズするつもりだったんだ、
 明日の予定だったけど」
「うそだ!」
「うそついてたまるか、こんなこと」
「だってこんな都合いい話…」
「いいも悪いも、嘘じゃない。指輪は明日届く」

「アッキの子じゃないんだよ」
「でもとめ子の子だろ」
「不倫してたんだよ」
「好きだったんだろ」
「…っ、」
「俺はずっと、本当にずっととめ子のこと好きだったんだ、
 弱いところも全部支えたいと思ってた。
 逃げ出しがちな悪い癖も、傷つけないために距離おくとこも
 そういうの全部ひっくるめて、全部 俺にくれ!」


「なんで、」

「なんで、わたしなの?全然納得できない、
 会ったの何年ぶりだと思ってるの?
 ずっと私のこと、」
「そうだよ、ずっととめ子のこと好きだった。
 自分の弱さのせいで誰かが傷つくのを怖がる優しいところも
 本当は人一倍人のこと好きなところも
 誰かの為にいつも自分犠牲にしてがんばっちゃうところも
 ずっとずっとすきだった。憧れてた。
 忘れた振りして生きてきたけど、
 昨日、キャリーバッグひいてるのがとめ子だって
 そう気づいたら走ってた。
 神様がくれた最後のチャンスだって信じて疑わなかった。」



「改めて」

止まらない涙もアッキの手にすいこまれる。


「とめ子、結婚してください」







帰って来たお父さん、お母さん、おばあちゃんに、全部を話した。
途中何度も泣いてしまったけれど、
アッキがその度 横でわたしの手を強く握ってくれたから
大きく息を吸えた。涙をぬぐえた。

怒鳴られることは承知だったのに
ただただ静かに、ひとつだけ頷いて
「ふたりで決めたことならば、がんばりなさい」それだけだった。



予約していたバスの時間があっという間に来てしまって
温泉饅頭が追加されたキャリーバッグをひきずって、また歩く。
とりあえず、いったん帰って、
全部が落ち着いたらあの人のいる仕事をやめて、
嫌いだったこの町でわたしは生きてゆく。

傷つくから嫌いだっただけだろうと、簡単にアッキは言った。
どうやら今度からはすべてから守ってくれるらしい。
この町のこと、少しは好きになれるかなあ。
うん、きっと大丈夫。


「じゃあ、とりあえずまた来週かえって来るね」
「うん。待ってるわ。気をつけてな。」
「ありがとう、」


小さく手を振るバスの中。
もう怖くない、少しだけ優しく感じる流れてゆく窓の景色。
ひとりだと思っててごめんね、手を当てて目をつむった。

揺れるバスの中、痛む胸も嘘じゃないけれど
つつみ込む優しさは息がつまるほど 大きい。
思い出すのは幸せばかりじゃないからきっと、未来はある。
この手の中に、未来が あるよ。