ほんの少し前まで繋いでいた手をかざして、小さくなっていく電車の中の君に見えるように大きく大きく手を振った。 三日前に迎えた電車は恋の色をしていたのに、今はもう見えない。 必死に上げていた口角をゆるめて、わたしは改札を抜ける。 最後だ、最後だったのだ。 君とわたしの恋が終わったのだ。 遠く離れていることにどうしようもなく疲れてしまって、わたしがそれを告げて、君が苦しそうに返事をした。 最後だってわかっていたのにあの日の電車は輝いて君をわたしのもとへ届けた。 いつもとなにも変わらない最後に、永遠みたいだと思った。 長く苦しんで苦しんであの日告げた別れを今更覆すだなんて と、わかっているのに君の笑顔にどうしようもなく溢れてくる思いと言葉たちを何度も深呼吸と一緒に飲み込んだ。 どれだけ我慢したって滲んでいく景色にポケットを探る。 ティッシュと一緒に零れたのはチョコレート。時が、止まった。

そうだ、あの頃まだわたしたちは制服を着ていて、君はよくわたしのカーディガンのポケットに飴やチョコレートをこっそりいれていた。 その小さな宝石たちに毎回驚いて喜ぶわたしの顔を 同じくらい幸せそうに見つめる君が頭をよぎる。 胸が張り裂けそうだ、もう何も見えない、足が動かない。 さっきまで君が触れていた体全てが熱を持つ、チョコレートはわたしの手の中であたたかく寄り添う。 君の全てが大好きだった、笑った顔もつまらない冗談も、わたしの名前を呼ぶ声も。 こんなに大切なものを、大切にしていてくれていた人をわたしは自分で手放したのだ。 これから先どんなに望んだってもう戻ることはない日々を、最後まで優しく笑ってくれていた人を、わたしが、わたしが。

それでも世界は美しく、滲む景色に落ちていく茜色。 この空の色の中いつも手を繋いで帰った道を、わたしはこれから一人で歩いていく。 立ち上がって大きく息をした。チョコレートはあまく、わたしの体にとけて広がる。 一歩目の勇気をくれる。だから、進める。 やがて夜が来てまた朝をむかえるこの世界をわたしは生きていく。 ありがとうとさよならを、とけたチョコレートに染み込ませて、飲み込む 大きく吸い込んだ風。