「自転車を考えた人は天才だと思う」
「そういうのは 言い出したらキリないよ」
「ナエは?」
「ん?」
「何を考えた人にお礼を言いたい?」
「そーだなあ、カカオがチョコレートになるって最初に思った人かな」
「あー、いいこと言った。今ナエ良いこと言った。」
「だってさあ、90%のチョコすっごく苦いじゃん」
「なのにね、あんな甘くてとろけちゃう味ね」
「たまんないね」
「たまんないね」


カセはぜいぜいはあはあ言いながら、私を後ろに乗せた自転車をこぐ。 ごめんね、昨日食べすぎちゃったんだ。 いつもより重いんだろうなあ〜。 体の真ん中に力を入れて、 ちょっとでも軽くなるように空気をなるべく吸わないようにする。 でもそんなチャレンジは一瞬で終わってしまった、苦しいくるしい。

風がぴゅーぴゅー、優しくかすめてゆく。 ついこないだ春が来たばかりだというのに、もう生ぬるい夜の風。 もう夏がひょっこり頭をのぞかせている、はやいなあ。 夏がくれば、カセと過ごして1年がたつということだ。 一年前はどんな話をしてたっけ、今となにが どんな風に違ったっけ。


「カセ」
「んー?」
「もうすぐ夏だね」
「ははは、だね〜」
「カセは一年前、どうだった?」
「いちねんまえ?」
「うん。付き合ってもうすぐ一年。」
「あー俺はね、ずっとどきどきしてた。」
「ふはっ、どきどき?」
「かわいいナエさんにどきどきしっぱなしでしたよ」
「今は?」
「今は素敵なナエさんといると落ち着くようになりました」
「へー、そっかあ」


途中、コンビニでカセは自転車を止めた。 キキーと音を立てて、とまった。 まっすぐ帰る予定だったから、びっくりした。

「何するの?」
「アイスを食べよう」
「どこで?」
「公園、だめかな?」
「ううん大丈夫、だけど。」

なんにも言わずにカセはアイスを二つ買った。 スーパーカップのわたしはバニラで、カセは抹茶。いつもと一緒。 袋をぶら下げたカセは「アイスを考えた人は天才だと思う。」と笑った。 また、その話。わたしも「そう思う」と言って笑った。


公園は貸切、遠くで車の音が聞こえる。 二人でブランコに座りながらアイスをぱくぱく。 いつかの遠い過去の天才さんが考えたアイスを、ぱくぱく。 ゆらゆら、ぱくぱく、ひんやりだ。

「俺とナエが別れても、明日は来るんだよ。」

「え、別れ話?」
「まさか! 違います。」
「そっか」
「もし俺が死んでも、ナエが死んでも、明日は来ます。」
「そうですね。」
「でも俺たちは生きてて、アイスはおいしくって幸せで」
「ふんふん。」
「俺はナエのことがすきなんです、よ」
「ふんふん。」
「一年前よりずっと、好きになってます よ」
「…ふふふ」
「なに笑ってるんですか」
「カセはまじめですね」
「そうなんです、真面目なんです。」
「わたしもカセ好きよー!」

いえーい、だなんてハイタッチ。ああ、なんてくだらない。 それでも胸からいっぱいに幸せが溢れるよ。アイスのおかげだけじゃないよ。 カセ、ありがとね。うん、いっぱいありがとう だ。

「コンポタ飲みたいなあ」
「カセのコンポタはクルトン山盛りだよね。
 スープとクルトンどっちが主役かわかんなくなるくらい。」
「だってさー、クルトンおいしいじゃん。
 クルトン考えた人ってすげーなあ、コンポタの上にのっけた人すごい」



それでもきっと、明日は来るトン




何度目かの同じ台詞に、やっぱりわたしもカセも笑った。 きっとさ、こうやって沢山の天才さんたちが作った当たり前の日常を、 毎日毎日なんでもなく大事に積み重ねて、 一年とか十年とか過ぎていくんだろうね。 そうやって過ごしていけたらいいね。一緒にいようね、カセ。